田中広樹氏は、集客における技術課題のアドバイザリーや Google マーチャントセンターに代表される商品データベースのコンサルティングを行う Yuwai株式会社を経営されています。
LIFT は 2024年に同氏とテクニカルアドバイザー契約を結びました。メンバートレーニング等を通じて技術面のベースアップを図るとともに、技術の変化にともなって関連する領域も連動して変わっていく局面にキャッチアップできるよう努めていきます。
テクニカルアドバイザーとしてご就任いただくにあたり幾度か意見交換という名の雑談をしました。その際に、技術面の話から人材・法律の変化など、異なるトピックが有機的に接続されていくのを感じました。(話が広がって回収されない、とも言いますが、、、)
これはせっかくなのでテキストにしてもいいんじゃないかということで、田中さんにご了承いただき、改めて記事としてまとめています。
ほとんど雑談なので、「雑談だな〜」と思いながら読んでいただければ幸いです。
Yuwai 代表取締役(兼 LIFT テクニカルアドバイザー)
田中 広樹
たなか ひろき
日本放送協会で放送エンジニアとしてキャリアをスタート、後にキャリアチェンジでインターネット広告の世界に飛び込む。 大手インターネット専業の広告代理店で約3年の勤務を経て、フィードフォースグループ株式会社(東証グロース)傘下のアナグラム株式会社にて創業期メンバー(第一号社員)として参画。同グループ傘下の株式会社フィードフォースの監査役も兼務しつつ11年8ヶ月従事し2023年8月に退職。後の2023年9月にYuwai株式会社を設立。 運用型広告の運用のほか、Google ショッピング(Google Merchant Center)、データフィード広告、Google タグマネージャー、Google アナリティクスなどマーケティング関連プラットフォームの活用に強みをもつ。
※このインタビューは2024年11月に行われました
業務に習熟する機会が構造的に奪われはじめている
今日はよろしくお願いします!
先日、QA ZERO の丸山さんと田中さんが「広告代理店の人材難」をテーマに対談されている記事を拝読しました。
こちらこそよろしくお願いします! はい、 これですね。
QA ZEROさんの記事はどれもとっても面白いのでぜひご一読ください
面白かったです。対談の中で指摘されている「中間層が抜けやすい」という課題は、成長率の高いストレッチした組織には共通する構造的なものだと思いますが、つまりそれだけネット広告はずっと右肩上がりで成長してきたという証左でもあるよな〜なんてことを読みながら思いました。
私がこの分野で働きはじめたのが2003年の頭くらいからなのですが、あの年のネット広告の市場規模はたしか1,000億円くらいで、今は3兆〜4兆円ですもんね。
20年で約40倍だと考えるとすごいですね。
加えると、デジタルはプレイヤーに求められる要件がどんどん引き上がっていることも関係ありますよね。特に技術面は隔世の感があります。
そうなんです。要求される技術レベル、あるいは知っておくべき知識水準は明らかに上がってきているのに、プラットフォーム側はなんとかノーコードとか自動化とかで意識させないように進化してきているので、使う側の人間の能力が追いついていないというジレンマがありますね。
ですです。広告運用であれば「AI に任せればいいじゃない」という令和版マリー・アントワネットみたいな話をよく耳にしますけど、、、実際は AI に任せて成果を出すには高度な設計と運用、あるいはクリエイティブが必要になるわけじゃないですか。
AI によって逆に求められる水準が高度化しちゃっているという。
しかも自動化で実際に動かせるレバーが減っているので、人間が習熟するための機会も同様に減ります。要は入力がなくて出力だけがある状態になるので、「自分が運用している」という意識自体がどんどん希薄になっていく。結果として「今何が起こっているのか」を顧客やチームメイトに説明できる人がいなくなってしまう。
実際に減ってきていますよね。QA ZERO の丸山さんとの対談でも触れましたが、トレーニングとか研修といった外部の専門家を起用するケースが増えているのは、そういう背景もあるんだと思います。自社の業務だけで習熟するのがむずかしくなってきているのだろうなと。
個人的には自動車の自動運転技術と似ているなと思っています。今の車って構造が昔よりも複雑になっていて、電子部品もどんどん増えていき、その寿命も短い。昔の車なら構造がシンプルなので直せるけど、今の車は複雑すぎて手が出せない。
それと同じようなことが今のデジタルマーケティングにも言えるのかなと思っています。
ふつうの人がふつうに働いてスキルを上げていくということがどんどん難しくなっていますよね。だから我々のような支援者側は、しっかり専門性を確保して、脇を支えるような役割になっていかないといけないなと。
AI によって習熟の機会が失われるほうが中長期的には気になりますね。AI は急に仕事を奪ったりはしないけど、じわじわと習熟の機会は奪っていくので、気づいたら特定分野のプロフェッショナルが誰もいなくなっていた、みたいな感じになるのかなと思ったりします。
専門性がオーバーラップしていく
まさに、技術的な要件がすごい速さで変わっていくことで、そのまま仕事自体の役割も変わってきているというか。我々のような支援者側の役割も同じように変わってきていますよね。
たとえば、ファーストパーティデータの重要性は疑う余地がないけれど、なぜそう言われるようになったかというとサードパーティクッキーの賞味期限が来ちゃったからで、なぜ賞味期限が来たかというとデバイスの進化とプライバシー問題が閾値を超えたから、、、という感じで因果関係は遡ることができる。そのあたりの背景を押さえておかないと場当たり的なパッチワークばっかりになっちゃうというか。
そうですね。今挙げられたファーストパーティデータの話でいえば、ターゲティングやトラッキングをしっかり行っていくにはファーストパーティデータが大事だけど、それを活用するということは厳しくなる原因となったプライバシーの問題に抵触しやすいから丁寧にやらないといけない、みたいな。ここに気付けるか気付けないかの差は大きい。
田中さんが普段からおっしゃってることですよね。センシティブな情報を扱わざるをえないのであれば、プライバシーポリシーや同意のマネジメントもちゃんとやらないといけない。そこはセットだと。
まさにそうなんですよ。たとえば Meta がわかりやすいですかね。フォームの送信と同時にそのフォーム内の個人情報を自動的にMetaでファーストパーティデータと突合させて計測に使う「自動詳細マッチング」という機能がありますが、これが「成果が良くなる」として、無条件にオンにされることがあります。
でもこの機能を使うには、法的にはプライバシーポリシーに記載したり、送信の前に同意を取るといったプロセスが必要です。その認識がないまま稼働しているケースが多いんです。センシティブだけど誰も話題にしない。いや、センシティブだから話題にしないのかな。
こういうのって、「がんばってダブルチェックします!」とかで済む次元じゃないですよね。知らないとそもそも気付けないから、仕組みとか業務フローの中に組み込まないといけないのかなと。
理想はそうですが、実際には難しいですよねえ。
技術要件や法律が変わったときに、それに合わせて仕組み自体を再設計していかないといけないですもんね。
これって情報処理と法律が同じ学科にあるようなもので、両方をクリアしないと単位が取れない。実はかなり難しいことを同時にやれって言ってるなと。
だから「何が問題なのかがそもそもわからない」という状況に陥りやすいのがいちばんの問題ですよね。
情報処理と法律のどちらも詳しくなければ自動詳細マッチングに隠れている問題に気付けないので、落とし穴があるという認識がないまま進んでしまう。もちろん素人でも気づけるような仕組みがあれば別ですが、マーケットの変化のほうが早いから顧みられることも少なく、どんどんカオスになってしまうという。。。
支援者の役割について考える
まずい、このままだと暗い話題で終始しそう 笑
話をかえて、実際どうすればいいんでしょうね。それでも以前よりはマシになってたりするのかな?
以前よりはだいぶ意識も変わってきていると思いますが、やはりマーケットの動きも早いので、最新情報を把握して都度対処していくのは難しいと思いますね。
たとえば個人情報保護法ひとつ取っても、弁護士に聞いたら解決するかというと、彼らは彼らで得意分野と不得意分野がありますし、企業ごとに取得する情報や体制は異なるので、かんたんに回答が出るわけではないですよね。
全体に共通して適用できるようなわかりやすい解決策ってないですよね。地道にやってくしかない。
大企業はリソースもあり、リスクに対しても敏感なので基本的にちゃんとやっているところが多いです。だからあまり問題にはならないんですが、それが結果的に知る機会を減らしているとも言えます。
広告のように業務をアウトソーシングするのが一般的な分野だと、代理店がいい感じにやってくれるという前提が根付いているので、「よく知らないけど効果が上がるなら任せればいい」となりがちです。だから支援者側が知識を深めて、倫理観をもって適切な方向に導く必要があると思ってます。
まさに、広告業界は代理店取引が根強いからホットスポットになりやすい。特にインターネット広告の分野って、技術や法律などの複数の課題が絡み合うので、課題が前景化しやすいなって。
なんだかんだで、最先端の分野のひとつですもんね。
たとえば DX(デジタル・トランスフォーメーション)的な話も同じように最先端かもしれないけど、あれは「現状のままだと衰退してしまうから、デジタルを通じてビジネスを構造改革しよう」という類のものだと思うんです。つまり、技術以前に、危機感とか勇気とか、そういうものがある企業じゃないと対象にならないと思います。
一方で、インターネット広告はもともとデータが取得できるという前提であらゆる仕組みが動いているビジネスなので、プライバシー問題が発端になって「取れるはずのものが取れない」となると、ビジネスモデル自体が成立しなくなっちゃうかもしれない。
だから、技術も法律も目の前の商売に明らかな影響が出てしまう話なので、好むと好まざるとにかかわらず関係者全員が取り組まざるをえないという。
ですね。でも実際に働いている人たちの中にはそういう専門性を持っている人が少ない。
そう。そこにギャップがありますよね。別の言い方をすれば、最もサポートが必要とされている分野でもある。田中さんの言うとおり、支援者が積極的にカバーするべきところだなと思います。
データの見えないところを見よう
ギャップがあるとはいえ、じゃあ何でもかんでもツールにお任せしてプライバシーポリシー整えて拡張コンバージョン入れましょう!というのも違いますよね。企業のそれぞれのフェーズで必要なことは異なるので、異なるからこそ相手と状況に合わせて適切なサポートをするのが支援者としての役割ですし。
そうなんですよね。たとえば精緻にトラッキングができたとして、それはそれぞれのチャネル(広告媒体)ごとにできるかぎり評価した結果ではあるけど、でも見えてない部分のほうが圧倒的に多いという事実が隠れてしまう。
広告で支援している以上、媒体別・プラットフォーム別で見るのは仕方がない部分がありますが、でもそれ以前に大前提としてそれぞれの広告がその企業のマーケティング全体の中でどういう役割を果たし、どのように潜在顧客に影響を与えているかを考えることが大事ですよね。
もちろん我々は支援側なので、広告媒体ごとに予算を最適化して、使ったお金に対して最大のコンバージョンや売上を出すように努力しますが、細部を執拗に細かく見るよりは、PLベースでいくら使っていくら儲かったかを見れば良いんじゃないかなとも思いますしね。
単純にコンバージョンと費用から逆算した CPA だけで判断するのではなく、コンバージョン以外の残りの9割以上はどんな役割を果たしているのかと。インプレッションがあるということは、(アドフラウドがなければ)それだけ人間の目に触れているということなので何かしらに影響はある。データには現れないものを見る努力をしないと。
そういう認識でいる企業ほどバランスの取れた意思決定をしている印象ですし、結果的に広告費用対効果が高く、成長できている印象です。
今はプラットフォームごとに部分最適をやりまくっている現状があるので、機械学習が提案する内容に従うだけではなく、人間がその提案を把握したうえで、現実との調整弁にならないといけないです。時には AI が推奨する提案と反対のことをしなければならない場面もあります。
だから、システムがどう動くかを理解できていないといけないし、それがクライアントや自分たちにとってどういう意味があるのかを考えないと、支援者の価値がなくなっちゃいますね。
細かい話かもしれませんが、Meta広告を運用していても、広告からの売り上げが増えるだけでなく、Instagramの企業アカウントで「いいね」が増えたり、企業サイトへの流入が増えるといった動きも起きたりします。
これはデータとしてはつながっていないので定性的な感じ方になってしまうのだけど、先ほど岡田さんがおっしゃったように見えないところで確実に何か起きているはずなんですよね。見えないところをなるべく見るようにして、どうするべきかを判断しないと、数字だけを見るのは危険だと思います。
そうですよね。B2B であれば問い合わせが売上に結びつくのはだいぶ後になってからだから、どの問い合わせも発生時は同じ1件でしかない。1件があとで100社分のインパクトになることもあれば、ただの冷やかしのような問い合わせも同じ1件なわけで、それぞれの価値がどれだけかはウェブサイトのコンバージョンの瞬間には分かりません。
評価するのも実現するのも人間側だから、結局のところ、1件ずつカウントアップする管理画面側では相当量の問い合わせが溜まらないかぎりその予測の精度が担保されないんですよね。優秀な営業マンが一発でひっくり返すようなことだってある。だから機械学習だけの仕事ではないと思います。
本当にそうですね。
ギャップの拡大に抗うためには
人材要件のギャップについて話しはじめましたけど、こうして見てみると世の中はそのギャップを拡大する方向に構造化されていますよね。機械学習の仕事ではないはずなのに、機械学習からのアウトプットしか見ることができないのであれば、人間側が習熟する機会は永遠に失われてしまう。
だから一人ではたぶん無理ですよね。昔はT型人材なんて言ってましたが、Tの縦を突き詰めようとすると、横に広げざるをえない。ほとんど画鋲みたいな感じになってしまう。そんな人は一握りだし、おっしゃるように業務を通じて特定の何かに習熟するのが難しくなってくるので、それぞれの強みを補完し合って、協力し合って学んでいくしかないと思います。
履修範囲が広いので一人では無理、だからみんなでやろうよということですよね。 “It’s not what you know, but who you know.”(何を知っているかでなく、誰を知っているか)という諺がありますが、誰が何をできるか知っている状態があればいいということなんですかね。
個人的には、テントを立てるように、しっかりと支柱が固定できている状態を作ることが大事だと思っています。そのためには、複数の方向からをバランスよくペグを打てるか。そのためには内外問わず専門家のネットワークがあるといいですよね。
なるほど。少し古い概念ですが「トランザクティブメモリー」の範囲を社外の専門家まで拡げていくイメージですかね。特定の分野に自分自身が詳しくなくても、その専門家は誰であるかは知っていて、しかもその人にアクセスしやすい状態になっている。
ですね。私だって自分で何でも解決できるわけじゃないですけど、解決の方向を示したり、あるいは適切な専門家を紹介したりすることができるので、ハブのような役割になれます。ルイーダの酒場のルイーダみたいな。
いい赤魔道士入ってるよ!
それは別のゲームですね。。。
対談を終えて
田中さんとは以前から定期的に意見交換を行っていますが、お互いに Google マーチャントセンター好きというマニアックな感覚が合うことなどから、機会を見つけてはこんな話をよくしています。
LIFT のメンバーも研修でお世話になったり、金沢にも遊びに来てくれたりと、まさに社内外にトランザクティブメモリーを広げるきっかけになってくださっています。
これからも似たような話をする機会があると思うので、どこかでまた記事にまとめたいと思います。 田中さん、引き続きよろしくお願いします!