2019年2月〜 請われれば一差し舞える人物になれ。

2月は爆速でしたね!

何だかキャリアについていろいろ振り返ったり話したりすることが多かった2月でした。よく考えれば、翌月は年度末ですし、予算とか目標とか決めごとが多いので、自然とそうなりがちな時期なのかもしれません。

私が以前からキャリアの指針にしている言葉の一つに、「請われれば一差し舞える人物になれ」があります。2011年3月に起こったあの震災から数日後に行われた大阪大学の卒業式で、鷲田清一総長(当時)が式辞で引用したことで有名になった、故・梅棹忠夫さんの言葉です。

鷲田総長の式辞はPDFで読めるので、ちょっと長めに引用します。

▶大阪大学総長の鷲田清一氏の式辞(PDF)

良きフォロワー、リーダーを真にケアできる人物であるためには、フォロワー自身のまなざしが確かな「価値の遠近法」を備えていなければなりません。「価値の遠近法」とは、どんな状況にあっても、次の四つ、つまり絶対なくしてはならないもの、見失ってはならぬものと、あってもいいけどなくてもいいものと、端的になくていいものと、絶対にあってはならないものとを見分けられる眼力のことです。映画監督の河瀬直美さんの言葉を借りていいかえると、「忘れていいことと、忘れたらあかんことと、それから忘れなあかんこと」とをきちんと仕分けることのできる判断力のことです。こういう力を人はこれまで「教養」と呼んできました。

昨年亡くなられた文化人類学者の梅棹忠夫さんは、亡くなられる直前のインタビューにおいて、いつも全体を気遣いながら、自分にできるところで責任を担う、そういう教養のあるフォロワーシップについて語っておられました。そしてその話をこんな言葉で結ばれました。——「請われれば一差し舞える人物になれ」。

もしリーダーに推されたとき、いつでも「一差し舞える」よう、日頃からきちんと用意をしておけ、というのです。わたしはみなさんに、将来、周囲の人たちから、「あいつにまかせておけば大丈夫」とか「こんなときあの人がいたらなあ」と言ってもらえる人になっていただきたいと心から願っています。そう、真に教養のあるプロになっていただきたいのです。

うーん、請われたときにいつも舞える状況にあるとは限らないのが人生の難しいところですし、教養のあるプロとは口が裂けても言えない若輩者の私ではありますが、振り返ってみると、ここぞというときはいつも不思議と誰かから要請をいただいて、それが転機になってキャリアがコロコロと転がっていったように思います。ありがたいことです。

「請われれば一差し舞える人物になれ」
これは、いわゆる”リーダー然としたリーダー像”にピントを合わせられなかった自身の職業観を初めて言語化できた言葉であり、その後に「フォロワーシップとは何か」を考えるきっかけになった言葉でもあります。

私は仕事で誰かを推すときは、どうしても「やりたい人」より「やらせたい人」を優先しがちなのですが、それはこの言葉と対になってるからなんだなあと、書きながら気付きました。

話を変えて、2月は先月に引き続きたくさんの本を買い込んだ月でもありました。

もうそろそろ収納が難しくなってきたので、昨年末からオフィスの事務スペースがちょっとだけ広くなったのをいいことに、調子に乗って書棚を追加してみました。

青森のりんご農家さんから出荷用に使われていた箱を買い取り、軽くヤスリをかけて積んだだけの簡素なものですが、好きな本と絵(今月は小幡彩貴さんと箕輪麻紀子さんの絵が仲間入り!)を配置してみるとなんとなくそれっぽくなりますし、新材なのでほんのり木の香りが漂って、いつもしかめっ面でパソコンに向かっている私には丁度いい塩梅のゆるさを与えてくれます。

このままゆるゆると3月を乗り越えたいものです。たのむ。