マーヴィン・バウアーの箴言
マッキンゼー中興の祖として有名なマーヴィン・バウアーは、多くの箴言を残している。中でも有名なのが次の一節だ。(日本語は拙訳)
The most frequent cause of failures in business is not people who answered the right questions incorrectly, but people who answered the wrong questions correctly.
企業がつまずくのは、正しい問いに誤った答えを出すからではなく、誤った問いに正しく答えるからである。
これがあまりにも切れ味鋭すぎるので、ここだけ切り取られて人口に膾炙しているが、実はその先に続く説明がある。
The most frequent cause of failures in business is not people who answered the right questions incorrectly, but people who answered the wrong questions correctly. I have seen many companies “incrementalize” themselves into a corner, through a series of small—what appeared optimal—decisions, often based on erroneous assumptions.
企業がつまずくのは、正しい問いに誤った答えを出すからではなく、誤った問いに正しく答えるからである。私は、多くの企業が、しばしば誤った前提に基づいた ー それが一見して最適に見える ー 小さな意思決定の積み重ねによって、自らを「漸進的に」追い詰めていくのを見てきた。
なんという、おそろしくも説得力のある補足であろうか。
漸進的とは
気になるのは、ここで「漸進的に(incrementalize)」という形容がわざわざクォーテーションマークで強調されていることだ。
あまり聞き慣れない言葉かもしれないが、「漸進的」とは「適切な手順を踏んで徐々に目的を実現していくさま」を指す。「急進的」が対義語に相当することを考えると、理性的に落ち着いて物事を進めるという意味だと捉えて差し支えないだろう。
冷静に一歩一歩、着実に最適解(だと思っていること)を選択しつづけることで、確実に経営が悪い方向に向かっていく… そういう企業が多いというわけだ。想像しただけで背筋が凍る。(私自身も経験があるのでみぞおちのあたりが苦くなる)
言い換えれば、バウアーはつまづいた企業の多くが「地獄へと向かう道を、自分自身の手で丁寧かつ確実に舗装していったんだよね〜」と証言しているわけだ。
そう考えると、ひどい人である。あんた経営コンサルなんだから見てたんだったら言ってあげてよね!と思わないでもないが、人という生きものは言っても聞かない(できない)から間違うのであろう。
当事者であればあるほど、「外野からだったら何とでも言えるから黙っててほしいな〜」と考えやすいものだ。大成功も大失敗も、どちらも等しくアドバイスを無視するという意味で双子のように似ている。どちらがよかったのかは、ふつうは時間が経たないと分からない。
分からないのは仕方ないけど、でもだからこそ、少しでも事前に知りたい。
この箴言から教訓を得ようとすれば、それはおそらく、正しい答えを返すように努力すること以上に、これは適切な問いなのか? を自問自答しつづけることしかないという、身も蓋もない事実なのだろう。適切かどうかは時期や状況によって常に揺れ動いている。だから自問して自問して自問して、自問という営みを繰り返し更新しつづけないといけないのだ。
これは単純にキツい。しかも、自問、つまり「問う」という行為は、問いに「回答する」より何倍も高度な作業である。当たり前だが、テストは解くことよりも設問自体をつくるほうがはるかにむずかしい。
つまりバウアーは、「むずかしいことをやり続けろ」とも言っているのだ。
やっぱりひどい人である。