『組織の限界』 〜起きる事態の主観的確率分布

期末は人も組織もガラッと動く時期ですね。

ガラッと動く、とはいえ、ふつうはその日になって突然動き出すわけではなく(もちろん突然の場合もあるとは思いますが)、それ以前から様々な積み重ねがあり、流れがあり、逡巡があり、意思決定があって、その時を迎えます。そして迎えた瞬間から、また変わっていくものです。

どのような意思決定プロセスであったとしても、時間軸と関係変数とが複雑に絡み合うダイナミクスの中で、人も組織も動的に変化していきます。そういった変化が恒常的にあるからこそ組織には運用が必要であり、COO の「O」は「Operations」なんだろうなと思います。

だからなんだよって感じですが、そんなことをボーッと考えていたときに、書店でふと目が合って手にとったのがこの本でした。1970年代に史上最年少でノーベル経済学賞を受賞した、ケネス・J・アローの講演集が文庫化されたものです。

この本、講演の文字起こしなのですが、口述のはずなのにまったく平易ではなく、正直、私の読解力では難しかったです。アローの著作を読み込んでいる人なら違うのかもしれませんが、初見ではかなりとっつきにくい。

とっつきにくいのですが、頻出語である「情報」「シグナル」「不可能性」といった単語の意図するところを追っていくと、組織運営に絶え間ない運用が必要であることと、その運用が必ずしも成果を生むとは限らず、場合によってはまったくうまくいかないことがありうるという当たり前の事実が証明されているように読めます。

読後は「なんだか途方に暮れる」という感じになるのですが、ただ、その途方もなさとともに、一抹の希望も感じるのです。なんなんだろう、これは。(読解力…)

分からないなりに反芻してみて、『組織の限界』という刺激的なタイトルは、決して組織そのものが限界なのではなく、「組織の抱える限界性・不確実性を十分に認識した上で運営することによってのみ道は拓ける」というメッセージなのではないか、と私は受け取りました。

集団における「正しい情報の共有」という一見してシンプルな命題は、先の東ヨーロッパにおける紛争や、昨今のフェイクニュースを巡る議論に代表されるように、今や全世界的な課題となりました。

アローは、「シグナルを受ける以前と以後では、起きる事態の主観的確率分布が変わる」と指摘しています。シグナルのシャワーを浴び続けている現代社会だからこそ、そしてシグナルを利用して仕事をする身でもあるからこそ、その指摘に自覚的でいたいと思います。