非営利団体向けのGoogle広告「Google Ad Grants」
いきなりだが、弊社は地味に Google Ad Grants の支援履歴が多い。社会貢献のページにも一部の事例を載せているけれど、そこに挙げていない団体さん、あるいは個人レベルでのサポートなども含めるとそれなりの数を支援してきていると思う。
Google Ad Grants とはいったい何かというと、NPO などの非営利団体向けに用意された Google 広告の無料版のことである。
通常の Google 広告は(当たり前ですが)クリックごとに料金を支払う必要があるので、資金に余裕がない非営利団体は手が出ないことがほとんどだ。
ところがどっこい、この非営利プログラムに参加している団体のアカウントなら、毎月10,000ドル(日本円で約140万円)がクレジットされ、費用がかからずに無料で広告を掲載できるのだ。なんという太っ腹!
ちなみに Google に限らず、海外の大手プラットフォームは CSR の一環でこのような非営利向けプログラムを用意していることが多い。マイクロソフトの365無償版や、セールスフォースの Salesforce for Nonprofits あたりが有名どころだろうか。
Google も広告だけでなくメールや動画などの無償プログラムを用意していて、それらは Google for Nonprofits という非営利向けの総合プログラムとしてパッケージされている。Google Ad Grants はその中の広告メニューとして無償で提供できる枠ということだ。
非営利団体の将来を左右する重要な集客手段の一つ
企業のマーケティング部に所属していたり、広告代理店のような「広告主」になれる会社を対象にした仕事をしていると直感的に気づきにくいが、世の中一般では、毎月140万円もの金額を広告宣伝費として捻出できる企業はそもそも数が限られている。非営利団体ともなればなおさらレアだろう。
Google for Nonprofits に参加するような非営利団体は、その多くが重要な社会課題やマジョリティからは看過されがちな問題に焦点を当てて活動している(と筆者は信じてます)。だから当たり前といえば当たり前なのだが、基本的にあまりオカネがない。儲かるのであれば営利企業がとっくの昔に参入しているはずですしね。
たとえば「教育」という業種。経産省の「特定サービス産業動態統計調査」によれば、学習塾の市場規模は5,834億円(2023年度)となっていて、従事者の数もコロナ禍以降は基本的に右肩上がりになっている。受験や学習支援は大きなビジネスなのがわかる。
参考:調査の結果|特定サービス産業動態統計調査(METI/経済産業省)
一方で、この中には「障がいのある子どもに向けた個別支援」や「外国人の親を持つ児童への学習補助」や「若年無業者への再教育や自立支援」などは含まれていない(あっても非常に微々たる割合である)。どれも制度からこぼれ落ちやすい問題で、課題が個別化されていて、事業単体では儲からないので民間の営利企業が極端に少ない。公的なサービスであるはずのものを非営利団体が代替しているケースが多いのだ。
だから(ごく一部のリッチな認定 NPO や財団法人等を除いて)代表が無給で働いていたり、運営をボランティアに頼っているようなカツカツの団体もよく見かける。
そういう団体にとって、月間10,000ドルという広告宣伝費は、寄付や支援を募るための手段として、活動の将来を左右する重要な一手となるはずだ。
だからできるかぎりちゃんとプログラムの中身を知って、有効に活用していきたい。
10,000ドルはあくまで権利でしかない
Google Ad Grants が団体の未来への一助になるかどうかは、その広告を運用できるかどうかにかかっている。
非営利向けというだけで、中身はふつうの Google 広告と同じだ。(ただし対象は検索だけで、ディスプレイ等は利用できない)
10,000ドルは自動的に満額が広告として配信されるわけではなく、あくまで広告する権利でしかない。だから使いこなせなければ何もしていないのと同じだ。一般企業のようにお金は払わなくていいが、一般企業と同じような切実さをもって運用しないかぎり結果を出すのはむずかしい。
運用こそが課題
人は、自分の財布から出すお金には慎重になるが、財布が傷まないと急にいい加減になったり無頓着になる生きものだ。
そして、ただでさえ非営利団体の現場は忙しいので、なかなか定期的に広告に手を入れていくという動きがとりづらい。
加えて Google 広告は初見ではとっつきにくいシステムだ。だから使いこなす前に管理画面を見てギブアップ、あるいは初期設定だけして放置状態という団体もよく見かける。
リソースが限られる中で、かつシリアスな現場に向き合いながら新たに広告を学ぶ気にならないのは、正直仕方がないと思う。
だからこそ、最低限のレベルでいいので、運用できる状態にまで持っていかないといけないだろう。
(ここでいきなり宣伝ですが、後輩・友人の共著である↓の本はとっても分かりやすいので最初に手に取る本としてお勧めです)
Google Ad Grants の特徴と、「クリック率5%」の壁
以降で、Google Ad Grants のアカウントができた状態から何をすべきかにフォーカスしていきたいと思う。(申請や初期設定は省いています)
申請方法などは検索すればたくさん出てくるので、そちらをぜひご確認ください。公式のヘルプページは内容が更新されていないものが多いし(※2024年9月時点での個人の感想です)、網羅的に記載してあるページがなくてわかりにくいので、一般の記事も併せてご参照いただくのがよいと思います。
まずは、 Google Ad Grants の特徴を並べてみると以下のようになる。
Google Ad Grants | Google 広告 | |
---|---|---|
配信方式 | 検索連動型のみ | 検索連動型、ディスプレイ、動画、ショッピングなど |
対象のネットワーク | Google検索のみ | Googleと接続されているサードパーティネットワークも含む |
予算設定 | 1日あたり $329 1ヶ月あたり $10,000 | 特に制限なし(与信や請求額の制限はある) |
通貨単位 | USD($)のみ | 各国の通貨単位が利用可能 |
入札単価 | $2.00(個別クリック単価の場合) | 特に制限なし |
目的 | 非営利のみ(商用利用不可) | 一般的な商用利用 |
キーワードの条件 | 以下のものは不可 ・1トークンのキーワード ・一般的すぎるキーワード ・品質スコアが2以下のキーワード | 広告のポリシーに準ずる |
ウェブサイトの条件 | 以下のものは不可 ・自団体が所有していないドメイン ・営利活動のコンテンツ・ブログ ・アドセンスやアフィリエイト掲載 | 広告のポリシーに準ずる |
こうしてみるといくつかの違いがあるのがわかる。
しかも、上記以外にアカウントを運用する上での追加条件が存在するので注意しておきたい。(こうやって見るとたくさんありますね…)
- アカウントもしくはキャンペーンごとに有効な広告グループが2つ以上必要
- 広告グループごとに有効なテキスト広告が2つ含まれる必要がある (※1)
- アカウントに固有のサイトリンクアセットを2つ以上設定する
- アカウント全体で毎月の平均クリック率を5%以上に保つ必要がある(キーワード単位ではない)
- 設定したコンバージョン(登録や寄付、入会など)を月に1回以上獲得する必要がある (※2)
- Google から送られるアンケートに回答する必要がある
※1) 元のヘルプが既存のテキスト広告を想定しているので、レスポンシブ検索広告では形骸化している可能性がある
※2) トラフィックが目的の場合はこの限りではない(「クリック数の最大化」などで代用できる)
これらの条件の中でもっとも重要なのは、おそらく毎月の平均クリック率を5%以上に保つことだろう。
クリック率 5% というのは、関連性の低いクエリ(≒ユーザーが検索した語句)に配信してしまうとなかなか達成するのが難しい数値だ。(だから1トークンのキーワードを禁止しているとも言える)
もちろんアカウントでの平均なのでキーワード単位で 5% を常に上回っている必要はないのだが、一般的にはブロードターゲティングであればあるほど配信量が増えてマッチ度が下がるので、クリック率も連動して下がってしまう。
だからこの条件に抵触しないためには、適切なクエリに対し意図を明確にした表現で自団体の価値を伝えていくことを意識して作る必要がある。
誰に、何を伝えるのか
続いてアカウントの構造や設計について書いていくが、その前に、広告の前提となる準備をしておきたい。それは広告をつうじて「誰に」「何を」伝えるのかを整理することだ。
そんなの当たり前やんけバカにすんなと言われそうだが、意外とそういうことが整理できている団体は少ない(営利企業にだって少ない)。
自団体のことを知らない人に、あるいは取り組んでいる社会課題そのものを知らない人に、その課題に興味を持ってくれた人に対して、何をどう伝えるのか。整理できているだろうか?
寄付してほしいのか、賛助会員になってほしいのか、プロボノになってほしいのか、イベントに参加してほしいのか、、、etc.
そういったことをあらかじめ整理しておかないと、広告は作れないし、クリックした先にどんなコンテンツが必要なのかもわからない。やみくもに作った広告が相手にまっすぐ意図どおりに伝わることはまずない。
企業のマーケティングでは 3C や STP など(古典的すぎますが、、、)で整理するようことがあるのと同じように、非営利でもToC(セオリーオブチェンジ)やソーシャルインパクト評価などで考えることが増えてきていると思う。そういったモデル化していくプロセスの中で、目指したい社会のために、要素となる受益者や委託者にどのようなメッセージを伝え、どのような行動をとってほしいのかをブレイクダウンする作業が出てくるはずだ。
単純に、受益者本人から報酬を得るモデルと、受益者と委託者が分かれているモデルとでは、対象もメッセージもリンク先もすべて変わる。
そういう当たり前のことを整理しないとまともな広告文は書けないし、後述するキャンペーンや広告グループの設計もできない。
だからいきなり Google Ad Grants の設定や細かいところを検討する前に、自団体の目的やステークホルダー像を詳細に思い浮かべることをオススメしたい。
たくさんのオーディエンスの中から、伝えたいステークホルダーに、何を伝えて、どうなってほしいのか。広告をつくるのはそれを考えてからでも遅くないはずだ。
Google Ad Grants は検索広告なので、すでにユーザー側が興味関心を検索窓に投げてくれた状態から始まる。だからあなたの書いたその広告文は、その興味関心に対する自団体からのアンサー(あるいはレスポンス)になるはずだ。
その興味関心はどうして発露されて、その人はどんな人で、どんな気持ちで検索したのか? そしてこの広告は、その人の気持ちに応えられる情報として成立しているのだろうか?
そうやって考えていくと、広告に何を書けばいいのかが見えてくるし、伝わり方もきっと変わるはずだ。
「レスポンシブ検索広告」という落とし穴
広告に何を書けばいいかぼんやりとでも定まれば、あとは実際に広告を書いていけばいい。
ただ、そのときにまた一つ落とし穴が待っている。「レスポンシブ検索広告」だ。(正確に言えばレスポンシブ検索広告の仕様だ)
レスポンシブ検索広告とは、検索される言葉(クエリ)や人、状況や履歴に合わせて動的に広告文が入れ替わっていく広告で、現在の Google 検索広告の標準になっている。
広告文といえばふつうはポスターやテレビCMに使われるような「ひと続きの静的なキャッチコピー」を想像するけれど、レスポンシブ検索広告は設定時に入力した「ヘッドライン」と「説明文」の2種類のアセット合計最大19本が組み代わり、ランダムに広告文を形成していく仕様になっている。
なぜこれがやっかいかというと、Google広告を開始するプロセスにある。キャンペーンの設定が終わったあとに、ひと続きでレスポンシブ検索広告の作成画面まで一気に来てしまうからだ。
広告文がなければ広告が出ないわけだからこのチュートリアルは Google 的には正しいのだけど、ほとんどの非営利団体はこのレスポンシブ検索広告の仕様を知らないまま広告の作成に入ってしまうので、よくわからないままそれらしい言葉を入力し、結果として意味が通らない微妙な広告文を世の中にどしどし配信してしまう。
たとえばそれは、「〇〇の声を△△の支援に|◯◯を支援する△△に寄…」というような広告文だ。(憚られるので具体的なキャプチャは出しません)
似たような言葉を羅列していてどんな団体かの情報がないし、1つのアセットに文字を詰め込みすぎて、ヘッドラインの2つめが途切れてしまったりしている。シンプルに怪しげな広告文だと言って差し支えないだろう。
そういう広告文は情報が多そうで実は足りておらず、不自然な日本語になりがちなので、本当に必要としているユーザーに届きにくいばかりか、敬遠するきっかけにすらなりうる。対象が寄付募集だったりすると「この先は怪しそうだからやめておこう」という判断にもなりかねない。
このような悲劇を避けるために、Google広告には「アセットのピン止め」機能や自動的な「見出し1本のみ表示」といった表示の変更などが存在している。(便利ゆえの悲劇もあったりするので二重にやっかいですが…)
このあたりのコラムも余裕があればぜひお目通しください
寄付やボランティアにかんする検索をしている人は、自身の想いや限られたリソースをどこに投下すべきか真剣に考えている。
そういう人に対してとんちんかんな広告文を出せば、当然ながら検討リストから外されてしまう。だから広告の目的が寄付やボランティアの募集であればなおのこと、落とし穴であるレスポンシブ検索広告の仕様に引っかからないよう、広告文はよく仕組みを理解したうえで作成することをお勧めしたい。
参考: レスポンシブ検索広告について – Google 広告 ヘルプ
広告アカウントの構造
レスポンシブ検索広告の仕組みを把握し、「寄付者」や「支援者」などのターゲットに向けた広告文の方向性が確認できたところで、次は、それらの表現が「適切な人」へ「適切なタイミング(状況)」で伝わるようにキャンペーンを設定していく。
上記は Google Ad Grants のアカウント構造を単純化したものだ。キャンペーンの種類は基本的に検索だけなので、広告文は自然とレスポンシブ検索広告に、ターゲティングはキーワードになる。(動的検索広告もありますが、面倒なのでこの記事では無視します)
キーワードとは、ユーザーが検索窓やアドレスバーに入力した言葉(検索クエリ)をどの程度の関連性で結びつけるかを決めるフィルタのようなものだ。(よく勘違いされるが、ユーザーが入れた言葉そのものではない)
それらのキーワードは、可能な限り意味的にまとめて、「こういう検索をするような状況にある人たち」として束ねておく。そして、そういった人たちに見てほしい広告文を、先ほどのレスポンシブ検索広告で作成する。
これを繰り返すと、束ねた「こんな人たち」に対して「見てほしい広告文」という、一対のグループができあがる。これが広告グループだ。
実際には、広告文には必ずクリックした際のリンク先 URL を入れる必要があるので、「どういう検索をした人が」「どんな広告を見て」「クリックしたらどこへ行くか」までがワンセットになる。
このセット(≒広告グループ)を、対象ごとに分けて作っていくと、それが標準的なキャンペーン構成になっていく。例えば、寄付を募るのであれば寄付してほしい旨を広告文に記載したほうがいいし、寄付するつもりで探していることが分かるキーワードを登録すべきだろう。リンク先もトップページよりは支援者向けのトップのほうが望ましい。
社会課題そのものを知ってほしい場合も、受益者にサービスを届けたい場合も、ボランティアを募集する場合も、それぞれの対象やメッセージが異なるのは想像しやすいと思う。その異なるカタマリがそのまま広告グループになるイメージだ。
そして、これらの広告グループをまとめる箱がキャンペーンになる。キャンペーンでは基本的な設定(地域や言語、予算など)を決めることになるので、予算が一日あたり329ドルに収まるように配分する。1キャンペーンならそのまま329ドルを入力すればいいし、3つにキャンペーンが分かれるのであれば、合計が329ドルに収まるようにすればOKだ。
その他(トラッキングや入札など)
これでアカウントの骨組みは OK なのだが、気をつけるところはまだまだたくさんある。
たとえば入札。Google Ad Grants では固定入札は2ドルまでと決まっているが、新たに Google Ad Grants を始める場合は自動入札にすることが多いだろう。
入札戦略が「コンバージョン数の最大化」や「クリック数の最大化」であれば、個別の入札単価を気にする必要はない。
むしろ自動入札を活かすためのトラッキングの設定のほうが難易度が高いかもしれない。コンバージョントラッキングや GA4 との接続などは、非営利か営利かにかかわらず、ほぼ必須の設定になっているからだ。
トラッキングやアクセス解析はこれだけでたくさんの記事や書籍が出ているくらい奥深い分野なので、ここではシンプルに接続や設定のヘルプを引用するだけにしておく。(さっき挙げていた書籍にも書いてあります)
Google 広告を Google アナリティクスに接続する – アナリティクス ヘルプ
特にトラッキングは団体のウェブサイトの構造によっては複雑になるケースもあるので、プロボノや外部の協力者にお願いしてもよいかもしれない。
あとは、英語やスペイン語でしか提供がないのが残念だが、Google が公式に出している Google Ad Grants 開始のためのチュートリアルも参考にしてみるとよいと思う。
非営利団体の未来のための Google Ad Grants
繰り返しになってしまうが、Google Ad Grants が団体の未来への一助になるかどうかは、広告をしっかり運用できるかどうかにかかっている。
だって月間10,000ドルが無償なのだ。これって改めて考えると本当にすごいことだと思う。
多くの団体がクラウドファンディングに挑戦したり、自治体などの助成金や寄付イベントを開催したりしてファンドレイジングしている。それらはもちろん大事な活動だけど、いずれも資金の性質としては短期的なものになりがちだ。手数料や報告義務も積み重なって団体の負担になっていく。
各非営利団体が行っている活動の多くは、一過性のものではなく、日々の積み重ねで世界をもう少しだけ生きやすくするためのものだと思う。であれば、その活動にどれだけたくさんの賛同者や協力者が得られるかどうか、知ったり参加したりするきっかけを継続的に提供できているかどうか、結果として活動の総量がどれだけ時間をかけて増えていくかのほうがより大事な指標ではないだろうか。
そのために寄付や支援を募る手段として、Google Ad Grants のような毎月見返りなしに付与されるクレジットは団体の重要な一手となる可能性を秘めている。
だからできるかぎりちゃんとプログラムの中身を知って、活用することで活動の幅を広げていってほしい。Google Ad Grants が多くの社会課題に取り組む人たちに有効に活用されていくことを切に願っています。