2024年10月に「デジタル空間における情報流通の諸課題への対処に関する検討会」というものが総務省で発足している。これは昨今のインターネットにおける違法・有害情報の増加や、生成AI・デジタル広告などで顕在化しているブランド毀損やアドフラウドといった諸問題への課題意識からはじまった会らしい。
総務省は、デジタル空間における情報流通に伴う様々な諸課題について、制度整備を含むその対処の在り方等を検討するため、「デジタル空間における情報流通の諸課題への対処に関する検討会」を開催します。
実施履歴を見てみると、検討会は「デジタル広告ワーキンググループ」と「デジタル空間における情報流通に係る制度ワーキンググループ」の2つに分かれており、特に「デジタル広告ワーキンググループ」は高頻度で開催されているようだ。この記事を書いている2025年3月時点ですでに8回目を迎えている。
議事は途中までしか公開されていないが、参加者を見てみると主要メンバー以外にも、関係省庁、各のほか、JAA などの広告系団体がオブザーバーとして参加しているようなので、ある程度幅広い意見集約があったのではないかと思われる。
そして、直近の第8回目では「デジタル広告の適正かつ効果的な配信に向けた広告主等向けガイダンス(案)」が策定されており、その資料が一般にも公開されている。
※資料はここからダウンロードできます(PDF)
23ページにおよぶ資料はざっと読むにはややボリュームがあるが、「リスク・課題」→「対策の必要性」→「具体的な取り組み」までの流れが端的にまとまっていて、内容としてもリーズナブル(合理的)だと感じる部分が多かった。
せっかく読んだので「あー、読んだなー。」だけだともったいないと思い、思考の整理も兼ねて備忘録として残しておきたい。以下、(感想をしばしば混ぜ込みながら)資料の構成に沿って書いていきます。
広告主が考慮すべきリスク:ブランドセーフティとアドフラウド
資料ではまず、デジタル広告で特に考慮すべきリスクとして、「ブランドセーフティ」と「アドフラウド」が挙げられている。どちらもすでに知られた議題ではあるが、改めてそれぞれ見ていこう。
ブランドセーフティは、資料上では「デジタル広告の配信先に紛れ込む違法・不当なサイト、ブランドを毀損する不適切なページやコンテンツに配信されるリスクから広告主のブランドを守り、安全性を確保する取組のこと」と説明されている。
ブランドセーフティが昨今のような課題になる以前から、各業界で暗黙の掲載ルールのようなものはあった。たとえば、保険業界では以前から「事故や病気のニュースの隣に広告を表示させない」という不文律がある。事故と保険は要素として関連性はあるかもしれないが、それは企業として超えてはいけない一線だという矜持のようなものだ。
これまでのメディア、たとえば新聞や雑誌のような予約枠のみで構成されるビークルならある程度コントロールが効いていたし、デジタルでも枠の所在がはっきり指定できるメディアであればブラックリスト化(除外プレースメントなど)が可能だった。
しかし、昨今のデジタル広告枠は SNS や動画などの UGC に隣接・挿入されるタイプが大半になってきているので、事故のニュースどころか、自社の広告がフェイクニュースや偏向報道、違法アップロードコンテンツ等と隣合わせになるリスクが極端に高まっている。
どんな業種であれ、ブランド価値を守りたいと考えたときに「どこに出すか」は「何を表現するか」と同じくらい重要な要素であるはずだが、それを制御すること自体がどんどんむずかしくなっているのが現状だ。

続いて、アドフラウドとは「無効トラフィックのうち、bot を利用したり、スパムコンテンツを大量に生成したりすることで、本来カウントするべきではないインプレッション(広告表示)やクリックのカウント回数等の無効なトラフィックを不正に発生させ、広告費を詐取する行為のこと」を指す。
アドフラウドは本来の広告効果を得られないばかりか、経済的損失に直結する大きな問題となっている。本資料では Integral Ad Science のメディア品質レポートの記述が引用されているが、そこでは「2023年の世界のアドフラウド被害額は約842億ドル(約11.8兆円)にのぼる」という試算も紹介されている。
ちなみに 842億ドルだとするとその年の広告費全体の約22%(!) に相当するのでとんでもない数字だ。もちろんアドベリフィケーション事業者はアドフラウド被害が問題視されればされるほど営業的には有利なので、彼らが出している数値をそのまま信用するかどうかは一考の余地があるものの、広告費の流出リスクが高いことには変わりない。
弊社のブログでも以前からアドフラウド関連の記事は書いているが、「検索パートナー」というブラックボックスは開くのか? でも指摘しているように、ディスプレイ広告のような以前から指摘されているわかりやすい事例だけでなく、多くの広告主が利用している検索広告でもかなり広範囲で被害が出ている現状もある。
また、近い内容として GDNは提案しない という記事も書いた。あれは GDN(Google Display Network)と名指しではあるが、実際にはアドネットワーク全般に共通するネガティブな事実を列挙したものだ。実態として Google はまだマシなほうで、もっとグレーなネットワークも存在する。
それらはどれもアドフラウドだと断定はできないまでも、かなり後ろ向きな体験をインターネットのエコシステムに組み込んでしまっていて、しかも相互に依存し合っている。自らの力では健全性を取り戻すのはおそらくむずかしいだろう。ウォールド・ガーデン(GAFAM のようなメガプラットフォーム)の外側にあるオープンウェブを対象にした広告枠は目下のところ強い制度疲労に直面していて、ポジティブな発展が望みにくくなっている。広告枠自体はこれからも存続しつづけるだろうが、少なくとも一定の役目は終えたのだと考えたほうがよいかもしれない。
経営層が対策に関与するべき理由
話を本資料に戻すと、初めてこれを読んだ際の感想は、「リーズナブル(合理的)な内容だな」というものだった。そう感じた理由の一つに、経営層・管理層の関与の必要性を大項目にしていることが挙げられる。
なぜ経営層の関与が必要かというと、端的にコンプライアンスのリスクが高いからだ。本資料では、経営層がかかわるべき理由として「広告費の不正な流出の防止」や「ブランドの毀損の防止」に加えて偽・誤情報への広告配信がもたらす「デジタル社会全体への悪影響」にも言及している。
特に「違法コンテンツを助長している」あるいは「デジタル広告の配信先に関する対策を十分に実施できていない」と評価されるコンプライアンスリスクは高く、有名企業であればあるほど、大ダメージになる危険性を孕んでいる。


上↑のグラフはいずれも資料からの抜粋だが、仮に広告主が問題のある配信面への広告掲載を意図していなかったとしても、閲覧したユーザーの多くは「広告主の責任」だと感じるという調査結果が出ている。
アドネットワーク(やそれらに接続しているプラットフォームのキャンペーン)に広告を入稿している時点ですべての掲載面を把握することは不可能なので、アドフラウドでは広告主がむしろ被害者側なのだが、ユーザーは広告主を加害者あるいは共犯者だと見なしてしまうのだ。
この結果はまともな広告主にとっては理不尽以外の何物でもないが、一方ですべてのユーザーに広告の仕組みを理解しろというのにも無理がある。いくら啓蒙したとしても、おそらくこの印象を覆すのはむずかしいだろう。
ネットではネガティブな情報ほど拡散しやすい。マスメディアだとリスク感度の高い企業でも、デジタルではそうではないという場合も多いし、実際に気づきにくい。だから広告主はこれらをコンプライアンスリスクがある経営課題として、個別の対策が望ましいというわけである。
配信面の精査が経営課題だとして、そうなりやすい温床は実は広告主側にもある。デジタル広告の高いリアルタイム性と、 ROI(ROAS)の強い要請がこの問題を複雑にしている。
広告主の現場担当者や、広告主から運用を委託されている広告代理店は、広告配信の単価・効率・獲得目標を強く求められることが多い。他媒体ではむずかしいトラッキングとリアルタイムの確認がデジタルでは可能であり、かつ成果に合わせて変動費的な費消をしやすいことから、どうしても即時的な成果を重視する傾向にある。

この一般的には長所とされるデジタル広告の特性は、「配信面の品質担保」とはあまり相性がよくない。
CPC、CTR、CVR、CPA/ROAS のような指標はキャンペーンの即時的な成果を測定するためには適した指標だが、それらを短いピリオドで求めつづけると、どうしても広告の配信品質と両立しにくい場面が訪れる。
たとえば、上述の「検索パートナー」というブラックボックスは開くのか? でも言及しているが、詐欺的なトラフィックの多くは CPM が低く、CPC が低廉で、CTR は高い。賢い bot だと成果指標に近いところまではアクセス履歴を残すので、フォーム到達をマイクロコンバージョンにして自動入札しているケースなどでは、CVR も高く出てしまう。
こういった事象は適切に対策していればある程度防げるのだが、後から対策すればするほど、それより前の時点からは「指標が悪化した」という判断になりやすい。背景を理解せずレポートだけ見ている経営層などからの指摘を恐れ、対策を実行しにくい土壌が形成されやすいのだ。
これは「成果への強いプレッシャーが図らずもアドフラウドへ加担するというマッチポンプ的な構造を作っている」と言い換えることもできる。現場担当者は売上や成果のプレッシャーとブランド毀損のあいだで板挟みになっているのだ。(ぜひとも労ってあげてほしい…)
おそらく、このジレンマの解消は現場からのボトムアップではむずかしいだろう。成果への過度なプレッシャーは、問題を無視する(隠蔽する)インセンティブを与えてしまうからだ。
だからこそ、本資料では経営層・管理職層が広告配信の目的に応じた指標を理解したうえで、指標の明確化や、デジタル広告の品質管理やルールの整備を求めている。さらに指摘を加えるとすれば、報告しやすい文化の醸成も同時に求められるだろう。
具体的な対策について
では経営層からトップダウンで対策が必要だとして、具体的にどうすればいいのだろうか。本資料ではそこまでしっかり言及されている。(実効性はさておき、素晴らしいと思います)

対策は5つのステップで示されており、まずは広告配信全体に関する情報を集約できる社内体制を整えることが推奨されている。そして担当部署の明確化、経営層への専任ポスト配置、リスクの検討と対策、専門家の採用などが順を追って例示される流れだ。
ここまでやるのは Too Much だという企業も多いと思うが、どのレベルで採用すべきかも含めて、参考になるガイダンスだと思う。
本資料ではそれ以外にも「セーフリスト」「ブロックリスト」を活用した配信先の取捨選択や、広告プラットフォームが備えるブランドセーフティ機能を使うなど、具体的な手法も示されている。

いずれの例もブラックリスト的な対策になっているが、これはおそらく自動化が極端に進行している広告プラットフォームを利用する以上、ある程度は仕方がないと思われる。インターネットには広告在庫(配信枠)が無限に発生するので、それらに適切にマッチングするために自動拡張していく機能が各プラットフォームには備わっているからだ。
だから、そういった機能を使う以上、それぞれの広告主は「どのあたりで線を引くか」という判断を自分たちで決めないといけない。
具体的には、たとえばキャンペーンに適用するブロックリストが数千〜数万に及ぶような場合、それを今後もずっとつづけるのかどうか?といった判断のことだ。仮に除外キーワードリストがその規模ならそれはマッチタイプの選定を間違えているのだし、除外プレースメントリストが肥大化しているのであればそもそも別のキャンペーンタイプか配信面にすべきだろう。リストはインターネットが次々とページやコンテンツを生み出す以上永遠に拡大せざるをえないので、どうしても気になるのではればどこかでブラックリストからホワイトリストに移行しなければならない。
ホワイトリストと言っても広告枠単位のミクロなものから、メディア単位の大きなものまで幅は用意されている。META であれば Advantage+ を採用したり Audience Network を配信先に含めてしまうとコントロール自体を諦めないといけないが、配信面を指定して Instagram のみに広告枠を限定することならできる。
どこまでをリスクの許容範囲として、どのような方法を採用するか。それを決めるためのガイドラインとして、本資料は有効だと思う。
自動最適化という不可逆のムーブメントとどう折り合いをつけるか
個人的には、ブランドセーフティは大きな課題だが、対処不可能な問題ではないと考えている。突き詰めれば自動化の副作用がどこに表出するかの話なので、コントロールしやすい配信方法を自主的に選択すれば、ある程度は自助努力で避けられるはずだ。
ただ、現在のデジタル広告の世界にはコントローラビリティを手放す方が成果が上がるという圧力で満ち満ちている。このムードを突破するのが実はいちばんむずかしいかもしれない。
典型的な例を挙げてみよう。Wall Street Journal の2025年3月10日のポッドキャストでは、記者のパトリック・コーヒーが以下のような発言をしている。少し長いがトランスクリプトを引用する。(日本語訳と強調は筆者による)
Patrick Coffee: Essentially they have to, as one ad buyer told me, “Relinquish control and trust the algorithm, to some degree.” And a lot of them are just not comfortable doing that because over the last decade plus, as we’ve had more and more platforms and more and more ways to reach consumers, their response has been, “Okay, but we spend so much money that we want to have more control over where our ads run and what they look like and who they target.” And now they’re essentially being asked to back off by the biggest tech companies that control the ad market.
パトリック・コーヒー:ある広告バイヤーが私に言ったように、基本的に「コントロールを放棄し、ある程度アルゴリズムを信頼する」必要がありますが、多くの広告主はそうすることに抵抗を感じています。というのも、過去10年以上にわたって、プラットフォームが増え、消費者にリーチする方法が増えるにつれて、彼らは、「(状況は)いい。でも我々は多くのお金を費やしているのだから、広告がどこに掲載され、どのような広告が表示され、誰をターゲットにするかをもっとコントロールしたい 」という反応だったからです。そして今、広告主は広告市場を支配する最大手テック企業から、実質的に(コントロールから)手を引くよう求められています。
Charlotte Gartenberg: What are some of the benefits of these tools from a marketing perspective?
シャーロット グーテンバーグ:マーケティングの観点から見て、これらのツールの利点は何だと思いますか?
Patrick Coffee: The pro from marketers is they essentially say, “We don’t really care where our ads go or what the AI does, as long as our sales go up.” And in some cases they certainly do. In other cases, the automation allows them to spend less time setting up the campaign and more time going back and figuring out what the art should look like and trying other platforms like, “Oh, should we run ads on Reddit,” etcetera.
パトリック・コーヒー:マーケターの長所は、基本的に「売上が上がれば、広告がどこに表示されるか、AI が何をするかは気にしない」ということです。確かに、実際にそうしているケースも見受けられます。自動化によってキャンペーンの設定に費やす時間が減り、アートがどのようなものであるべきかを見直したり、「Reddit で広告を掲載すべきか」など他のプラットフォームを試したりする時間が増えます。
自社メディアの広告枠の監査が厳しいことで有名な、天下の WSJ の記者でも現実にはこういう認識なのだ。個人的には「長所(pro)とかマジで言ってるのかよガッカリだぜ…」という感想だが、一般的にはこの認識が正解だとされているし、この傾向はますます強まっていくのだろう。
Google の P-Max などに代表される完全自動最適化機能は、AI の力を最大限に活用して広告効果を最大化する仕組みだ。どのプラットフォームも基本的には P-Max-Like な自動化を志向している。広告主はコントロールを手放し、「どこに」「どのように」掲載されているかを確認することも放棄するように要請されているのだ。
これは視点を変えれば、配信先にアドフラウドやあやしいコンテンツがあったとしても、その対策自体を手放すということでもある。それでもユーザーからは「広告表示は広告主の責任」と見做されるので、高まるレピュテーションリスクは今後も引き受けなければならない。理不尽はつづくのだ。
だからこそ、「デジタル広告ワーキンググループ」が経営者向けの具体案になっているのには意味がある。リスクと成果のバランスをどのあたりで見積もるのか、その検討をどうやって進めて現場に落とし込むのかは、やはり経営判断が必要な仕事なのだろう。
その一方で、広告主がインハウスですべてを決定していくケースはまだまだ少なく、多くはパートナーである広告代理店やコンサルタントの力を必要としている。本資料は、企業の広告運用に伴走するパートナーとして、弊社のような広告代理店やコンサルティング会社こそ立ち止まって考えなければならない問題が的確に指摘されている。
※資料はここからダウンロードできます(PDF)