YouTubeの広告ブロッカー対策の現在 〜サーバーサイド広告は本格化するのか?

広告ブロッカー対策を強化する背景

YouTube の動画広告(特にミッドロール)が不快だと感じる人は多いと思う。

その不快さを解消する手段はいくつかあるが、大きく分けると「YouTube Premium へ加入すること」もしくは「広告ブロッカーを採用すること」が挙げられるだろう。(「諦めて TikTok を見る」もありますね…)

当然ながら、YouTube は前者を推進したい。有料サブスクリプションで座布団収益をつくり、無料のトラフィックは広告を出すことで視聴機会をもれなくマネタイズするという二段構えで運営している。

YouTube Premium もしくは YouTube Music の有料加入者数は2024年1月の時点ですでに1億人を超えているので、YouTubeのグローバル MAU を仮に25億人だとすると、有料利用率は約 4% になる。逆にいえば残りの 96% の人たちは無料で利用しているわけなので、彼らに対して RPM(RPV) を上げていくことが YouTube の広告ビジネスでの至上命題になる。

この 96% のうちの何割が広告ブロッカーを使っているかは不明だが、仮に数%でも億単位の利用数になるわけなので影響は大きい。 YouTube としては広告ブロッカーの普及は脅威以外の何者でもないだろう。

有料プランの利用率が増えてきているとはいえ、現在の YouTube の収益の大半は広告費で賄われている。YouTube にとって広告ブロッカーの普及は(現時点での)ビジネスモデル上最大級のリスクなのだ。

だから割と本気で排除しようとしている。

サーバー側での広告挿入

YouTube の広告はどうやって配信されているかというと、通常はクライアント(≒ブラウザ)側で実行されている。

動画のストリームと広告の配信は別々に動いていて、動画のプレイヤーが動画の特定のポイントで(このポイントは動画の内容によって動的に制御される)再生を一時停止し、広告タグが読み込まれて広告を挿入するようにプログラムされている。

ほとんどの広告ブロッカーは、広告メタデータを検知して削除することで YouTube のインストリーム広告を無効化しているが、今回はこのしくみの部分が議題になっている。ブロッカーの一つである SponsorBlock が2024年6月に報告した内容によると、YouTube はこの方法による広告回避が機能しないよう、サーバー側で広告を挿入する仕様をテストしているようなのだ。

※SponsorBlock は「動画情報をクラウドソーシングして広告部分を回避する」という仕様なので厳密にはちょっと違うらしいです

YouTube はこれまでも様々な方法で広告ブロッカーのブロック(ややこしい)を試してきているが、今回は「広告配信をクライアント側ではなくサーバー側にする」という、かなり根本的な変更を打ち出してきたことになる。

サーバー側で広告が挿入されるということは、動画コンテンツが視聴者に配信される前に広告が動画ストリームに直接統合されることを意味する。

この仕様がデフォルトになると、多くの広告ブロッカーは広告を検知できずに無効化されてしまうだろう。2024年7月時点ではまだ限定的な適用(ベータ版)らしいのだが、仮に成功したと分かれば一気に拡大していくはずだ。「ぜったいに広告挿入してやんよ!」という YouTube の本気度がうかがえる。

広告ブロッカー側も黙っていることはなく、検出アルゴリズムの強化、動画メタデータの解析やパターン認識によるスキップなど、さまざまな対策を打ち出してくるのではないかと思われる。

実際、uBlock OriginAdGuard のような広告ブロッカーは本件の発覚後から短い期間でサーバーサイドの広告配信に対応してきているので、両者のいたちごっこはこれまでよりもさらに高次の段階に入っているといえるだろう。

体験と収益のトレードオフは続くのか?

一般的に、動画広告はユーザーが自身の視聴体験をコントロールできる場合において、仮にそれが広告であっても視聴する可能性が高くなると言われている。

YouTube のライバルである TikTok は、広告を指先でかんたんにスキップできる UI を採用している。それは強制的な視聴をせずとも収益化できる(体験を損ねずともマネタイズはできる)という信念で広告を開発しているからだろう。

そのへんはこの記事で解説しています

YouTube が 2022年頃からやっきになってショート動画を拡大しているのは、TikTok が発端となって動画プラットフォームの構造自体がひっくり返るリスクを考慮してのことだろう。それぐらいスキップ可能な UI は強力で、実際 Instagram などの SNS はいずれも短期間で短尺動画プラットフォームへと変貌してしまった。

こういった動きは、いちユーザーとしては(強制視聴に比べれば)体験がポジティブになるので歓迎したい一方で、今回 YouTube がテストしているサーバーサイドの動画広告配信はそういったトレンドとは思いっきり逆行している。スキップさせない強制視聴をより一層進めていって、意地でも視聴させていくためのものだからだ。

広告は多少でも不快であってくれたほうが、広告を回避する=有料のサブスクリプションに加入するというインセンティブを維持するには都合がいいということなのかもしれない。体験価値と収益とがトレードオフの関係になっている。

バナーやディスプレイ広告ではこれがエスカレートして MFA などの広告詐欺問題へと発展し、エコシステムの持続可能性に影を落としているのは周知のとおりだ。テキストやバナーと動画とでは体験や視聴態度が異なるのは確かだが、だからといって動画が過去の歴史と無縁だとも思えない。

いずれにせよ、YouTube はもうしばらく強制視聴のほうに寄せていくらしい。サーバーサイドになったときにターゲティングや視聴率はどう変化するのだろうか。勢力図は変動するのか。推移を見守っていきたい。


2024/07/18追記:「広告を挿入するために使用される JavaScript を検知してブロック」という記述を「広告メタデータを検知して削除」に更新 (識者にご指摘いただきました。感謝!)

2024/07/19追記:uBlock Origin や AdGuard などの一部の広告ブロッカーがサーバーサイド広告に対応済みである旨を追記