TikTokがある資料を公開した
「動画広告」という文字列を見て真っ先に想起するのが YouTube のインストリーム広告だという人は多いのではないだろうか。
残念ながら、あれは多くの人にとってあまり良い体験だとはいえない。見たいコンテンツの前や途中で差し込まれるわけだから当たり前といえば当たり前なのだけど、中にはスキップできない広告もあって、小さなストレスがどんどんたまっていく。
ちょっとしたユーザーストレスの積み重ねは動画広告にネガティブな印象を与えていると思う。それは YouTube Premium という広告非表示の有料メニューが成立している理由でもある。
それでも、動画広告の主軸はずっとインストリームである。もうずいぶんと長いあいだ、動画広告の真ん中にどんと居座っている。
近々それがアップデートされる可能性があるとしたらどうだろう。ただし、YouTube からではなく TikTok から。
2024年1月、そんな予感をさせる資料が TikTok からリリースされていたので、概要をかんたんに共有していこうと思います。
TikTok は YouT◯be よりポジティブな場
下図は、TikTok が 別の「Online Video Player」と比べてどういう印象をもたれているかを示したチャートである。
これによると、TikTok でコンテンツを見ているときの幸福度は、競合の「Online Video Player」と比較して 58ポイント高いらしい。リラックスした気分も 10ポイント高く、逆にストレスだと感じる割合は 9ポイント低い。
ちなみに、ここでいう「Online Video Player」とは(明示されていないものの)要するに Y◯uTube のことである。上記のチャートは、シンプルに TikTok は You◯ube よりもユーザーが楽しんでる場ですよと言っているわけですね。
(この資料は TikTok による露骨な競合比較なので、こういった ◯ouTube 名指しにしたスライドがことあるごとに登場してます)
エンターテインメントにとって、場が醸成するポジティブな雰囲気が重要であることは言うまでもない。この資料の別のスライドでも TikTok のコンテンツの品質が高い(と世界中のユーザーが感じている)というチャートが示されているが、TikTok のアルゴリズムによって興味関心と近い人気のコンテンツ(それらは総じて高品質)がスクロールするたびに次々と現れる、という体験はとてもスティッキーだ。
それは 1日あたりの平均視聴時間がどんどん増えて、今や映画一本分(約95分/日!)となっているという結果からも伺える。YouT◯be は約74分/日 とのことなので、すでに20分以上も超えていることになる。
ハロー効果を活かす TikTok Pulse
人気動画がもたらすポジティブな体験をマネタイズに活用しない手はない。
ハロー効果(Halo effect)という言葉があるが、これはある対象の目立った特徴に引きずられてそれ以外の特徴に対する評価が歪められてしまう認知バイアスのことを指す。これを広告に応用したのが TikTok Pulse(パルス) だ。
TikTok Pulse は、TikTokの全動画の上位4%(←毎日更新される)の直後に広告を表示するしくみのことである。12種類のカテゴリーの中から自社ブランドとの関連性が高いと判断された人気コンテンツに続いて自社の広告を配信することができる。
下の図は、TikTok Pulse がどんな条件で「好意」「検索意図」「購入意図」といったブランド指標に影響するかをまとめたマトリクスである。
緑色が濃いほうが影響が強いという意味になる。最上部の「コンテンツと広告の整合性がとれている」や、続く「コンテンツの次に適切ブランドが表示される」は、どの要素も強く影響が出ていることが一目瞭然だ。特にいちばん右の「購入意図」についてはこの「整合性」と「隣接」という2つの要素がとても重要だということが端的に示されている。
要するに、文脈が一致しているコンテンツと広告であれば、成果が出やすいということになる。そして、そのコンテンツが人気であればあるほど、その人気にあやかって広告の印象もよくなるということらしい。これが TikTok が主張するハロー効果だ。
これまでの動画広告を振り返ってみると、このハロー効果をうまく活かせていた商品はあまりない。動画広告が登場した2000年代後半は RTB の環境が整いはじめた時期でもあった。「枠から人へ」というオーディエンスターゲティングの大号令によって、ディスプレイ広告の世界ではコンテンツと広告の親和性(コンテキスト)は今やすっかり過去のものになってしまった。
そして人にフォーカスした結果、動画に挿入されるインストリーム広告は動画そのものとの関連性とは縁遠いものになっていった。整合性がない広告は好印象どころかむしろ課金してでも外したい広告だったはずで、その意味では動画広告そのものにネガティブ・ハロー効果があったといえるかもしれない。
この資料の結果を見るかぎり、オープンウェブでは死語になった「コンテンツと広告の内容が強く連携していればいるほど広告効果が増す」という文脈連動ターゲティングが、TikTok ではむしろ健在なように見える。
そしてもう一つ興味ぶかいデータがある。
これは、ある広告に対して「上位 4% の TikTok Pulse」と「通常の TikTok コンテンツ」をそれぞれ比較して、「興味がある/関連性が高い」という感じ方に差があるかどうかを調べたものだ。フランスを除くすべての国で、TikTok Pulse(赤いほう)が上回っている。
身も蓋もない言い方をすれば、人気のコンテンツに続いて表示された広告は、そのコンテンツの人気にひっぱられて評価を高めるということだ。先ほど出てきた TikTok のハロー効果である。
つまり、なんでもやみくもに広告を出すのではなく、上位の人気コンテンツだけに絞って、動画の内容と整合性がある広告は、TikTok の上でハロー効果の追い風に乗ってさらにパフォーマンスを上げる。
極めつけは下の図で、TikTok Pulse で文脈がアジャストされた広告配信は、オーディエンスターゲティングを上回る指標を得ているとのこと。
もちろん、これはオーディエンスターゲティングがダメだということではない。文脈が一致している人気動画へ隣接した広告は、オーディエンスターゲティングよりも効果が高い可能性があるということだ。
サードパーティクッキーの賞味期限が提示されてから数年、長らく文脈連動型広告のリバイバルが叫ばれてきたが、まさかテキスト広告じゃなくて動画広告で進行していたとは!
スキップ可能広告と不可能広告の差は「ない」
インストリーム広告で不快な思いをすることがあるのは、スキップ不可能広告に頻繁に出くわした時だと思う。あれが続くと萎えますよね。
TikTok は、このスキップ不可能問題にも鋭い指摘をしている。
シンプルにいうと「スキップできない動画広告はエンゲージメントを阻害する(可能性がある)」ということだ。
上の図で、黄色いバーは「動画をスキップできるとより視聴しやすくなる」と感じるユーザーの割合で、いずれの国でも70%を超えている。青いバーは「スキップするオプションがある場合にスポンサー動画をより視聴する気になるか」に同意した割合で、こちらも(ドイツを除いて)過半数のユーザーが肯定的だという結果になっている。
この結果が示すのは、ユーザーは自身の視聴体験をコントロールできる場合において、広告の動画であっても見る可能性が高くなるということだといえる。
これを後押しするように、TikTok で代表的な2つのカテゴリ(CPG、メディア・エンターテインメント)で行われたブランド指標の調査でも同様の結果が示されている。
通常のTikTok広告と、VOD(YouTu◯eのスキップ不可能広告)を比較した場合、「ブランドへの好感度」「ブランドを他者に薦めるか」「買いたくなるか」といったブランド指標はいずれもスキップできる TikTok 側が上回っているようだ。
もちろん、この調査自体が 3つの業界(CPG、メディア・エンターテイメント、小売)の36ブランドに限定したもので、いずれも TikTok が得意とする分野であることには留意が必要だ。この資料自体が TikTok Pulse を推していく目的を帯びている以上、ユーザーが好んで見るジャンルの動画と親和性の高い業界でないと成立しにくい調査でもある。B2B であればまた違った結果になるかもしれない。
それでも、感覚として「ユーザーは自分たちがコントロールできる体験の中で魅力的なコンテンツを求めている」という TikTok の主張に真っ向から反対できる人は少ないはずだ。自身の体験を振り返ってみても、TikTok と YouTube では同じ動画プラットフォームにもかかわらず、体験やブランドイメージはかなり違っている。
TikTok は基本的にどの動画もスキップできるプラットフォームだからこそ、広告を含めたあらゆる「視聴」という行動はユーザーの意図が反映される。すべては能動的なのだ。
資料の最後で、TikTok は「強制的な視聴は意味のあるインパクトを生み出すためには必要ありません。」と言い切っている。
自分の意思で広告を見ているのか、あるいは強制的に見させられているのか、両者の間にはかなり大きな隔たりがある。前者は広告という罰則に対してのご褒美で、後者は体験の一部である。
まとめ
長くなってしまったが、TikTok の主張をまとめると以下の 3点に集約される。
- 動画は高品質なだけでなく、人気の動画に隣接することでハロー効果が生まれる
- その動画と関連性があり、文脈が一致するコンテキスト広告が有効
- インパクトを起こすのに強制的な視聴はいらない
これらは、2000年代中頃からこれまで積み重ねられてきた「動画広告」と呼ばれる広告メニューの常識からは少し外れた主張だと思う。とにかく見せることは正義だったし、広告主もそれを求めていた。そういった常識がユーザーの体験と企業側の狙いとの間に大きなギャップ生んでいたともいえる。
TikTok はいくつかの政治的な問題を抱えつつも、ユーザーの強い支持を受けてスピーディにシェアを拡大している。YouTube は 2022年頃からやっきになってショート動画を拡大しているが、この動きは動画プラットフォームの構造自体が比較的近い未来にアップデートされることを見越しての動きなのは間違いないだろう。
Google の有名な「10の事実」の中に個人的に好きなセンテンスがある。
” Google は、広告というものはユーザーが必要としている情報と関連性がある場合にのみ役立つと考えています。(we firmly believe that ads can provide useful information if, and only if, they are relevant to what you wish to find) “
要するに、広告は情報になったときに初めて機能するということだ。
TikTok が動画広告でやろうとしていることは、ある意味でとても Google らしいのかもしれない。状況はなんだか皮肉ではあるけれど、この動きに引っ張られて YouTube の広告体験も変わっていけばうれしい。