Instagramはスキップ不可広告の誘惑に耐えられるか

スキップ不可広告のテスト

Instagram が「動画広告を視聴し終わるまでスクロールできないようにする」という、いわゆるスキップ不可の広告フォーマットをテストしているらしい。(2024年6月5日時点の情報)

Twitter(現:X)に上がった投稿によると、このスキップ不可広告はカウントダウンタイマーとともに表示され、一定時間が過ぎるまでスクロールできなくなる仕様のようだ。

Ad break の横にタイマーが表示されてますね

仮にこの広告が本番に実装されたとすると、Instagram は YouTube の無料版と同じような視聴体験になるかもしれない。Instagram のユーザーはスキップできる前提でアプリを操作しているから、むしろ YouTube より反発が大きい可能性もある。

これは Instagram にとってどういう未来を示すのだろうか。少し考えてみたい。

反応はネガティブだが、数字も同様にネガティブかどうかが焦点

動画広告を見ないとスクロールできない体験は、ユーザーからしたら最悪だ。そこには疑いの余地はないだろう。

スキップ不可広告のテストは Reddit などでも盛り上がっていて、スレッドを読めばわかるとおり大半は否定的な反応で、中には過激な意見も見受けられる。

おそらくこれは全世界のユーザーに共通する反応だと想像できる。このまま進むと Instagram の滞在時間にネガティブな影響が出てくるかもしれない。

文字が小さいですが、みんな激おこです

もちろん、それを Meta が認識していないわけがない。スキップ不可の広告を挟んだらユーザー体験が損なわれることぐらいは誰だって分かるわけで、乱暴に何でもかんでもやろうとしているわけではない(と思いたい)。

今回のような体験に強く影響するような変更は「ユーザーのチャーンによる逸失利益」が大きいことが予想されるので、「スキップ不可広告によって引き上がる RPM の増分」がその損失を上回るのかどうかを見極めるためにテストするのが一般的だ。だからふつうはいきなり実装せず、数% テストからはじまる。

身も蓋もないが、Meta は広告をがんばるしかない企業だ。彼らの持つアセットはいずれもソーシャルメディアなので、検索や動画、OSなどを握っている Google や Microsoft、購買情報を寡占している Amazon などと比べると、どうしても地盤が弱い。要するにコンテンツを見るだけのクソデカアプリなので、広告はそのコンテンツに「かぶせる」か「間に差し込む」くらいしかできることがない。

だから、彼らは唯一最大のアセットであるタイムラインをとにかく擦って擦って、擦りつづけるしかないのだ。

広告視聴を強制するというテストは、「体験の損失」と「期待収益の上昇」とを天秤にかけて、ネガティブチャーン(離脱よりもアップセルが上回る状態)になるのかどうかを知るためのテストだ。それが彼らにとっての成長可能性であり、死活問題だからである。

レコメンデーション、動画、Advantage+

擦りつづけてもすり減らないようにするには、コンテンツが摩耗せず、常に一定比率で新しい情報が入ってくる必要がある。

だから、Instagram はフィードの多くがフォローしていないアカウントからのレコメンデーションコンテンツになっている。コンテンツを摩耗させずに鮮度を保つことで、滞在時間が維持され、広告の閲覧機会も増えていく。

ここ数年でストーリーズやリールなどが存在感を増したことで、ユーザーの視聴体験も静止画から動画へのシフトが起こり、滞在時間の長さに拍車をかけている。ライバルの TikTok は短尺動画のサービスなのに世界で最も長い滞在時間をもつアプリであることが、動画シフトの正当性を補強している。

鮮度が必要なのは広告も同じなので、広告がコンテンツと同じ鮮度を保つには、広告主や広告代理店の行動量がボトルネックになる。それを解消するためのクリエイティブや配信面ごとの動的に最適化を行うのが Advantage+ だ。

スキップ不可のテストが行われている動画広告の仕様は(2024年6月5日現在では)明かされていないが、おそらくプレースメント単位での管理ではなく Advantage+ の一機能として提供されるのではないだろうか。

選択肢はなるべく広告主には見せずに、粛々と AI を通じてビルトインしていくことで RPM を上げていくのは、すでに Google が先輩として背中で示してきているからだ。だから「知らず知らずに適用されている」感じになるのではないかと想像する。

似たようなことはこの記事でも書いています

TikTokは(今のところ)光の道へ

Instagram がリールに力を入れることになった直接のきっかけは TikTok の躍進だが、その TikTok は Instagram とは違い、スキップ不可広告についてはっきりと否定的な意見を出している。

詳しくはこの記事で書いてます

以下は↑上の記事で書いたことの焼き直しになるが、TikTok が出しているレポートで興味深い記述がある。

下記のグラフの黄色いバーは「動画をスキップできるとより視聴しやすくなる」と感じるユーザーの割合で、いずれの国でも70%を超えている。これは妥当な結果だろう。

その下にある青いバーは「スキップするオプションがある場合にスポンサー動画をより視聴する気になるか」に同意した割合で、こちらも(最下位のドイツを除いて)過半数のユーザーが肯定的だという結果になっているらしい。

この結果を端的に解釈すると、ユーザーは自身の視聴体験をコントロールできる場合において、広告の動画であっても見る可能性が高くなるといえるのではないだろうか。

これを後押しするように、TikTok で代表的な2つのカテゴリ(CPG、メディア・エンターテインメント)で行われたブランド指標の調査でも同様の結果が示されている。

スキップ可能のほう強制視聴よりもブランド指標は上昇する

通常のTikTok広告と、VOD(これは暗に YouTube のスキップ不可広告を指している)を比較した場合、「ブランドへの好感度」「ブランドを他者に薦めるか」「買いたくなるか」といったブランド指標はいずれもスキップできる TikTok 側が上回っていたとのこと。

TikTok は基本的にどの動画もスキップできるように設計されたプラットフォームなので。広告も含めたあらゆる「視聴」行動にユーザーの意図が反映されている。広告であっても能動的な視聴なのだ。

資料の最後に 「インパクトを最大化するためには強制的な視聴が必要だ」というのは迷信で、実際は視聴者に自律性をもたらすことで、より短時間で大きなインパクトを生み出すことができると言い切っているので、姿勢は一貫している。

強制視聴はいらないと言ってます

TikTok に遅れをとるまいとリールを強化してきた Instagram だが、今のところ広告のロールモデルはその TikTok ではなく YouTube なのだと思われる。

繰り返すが、広告の強制視聴はどう考えても悪手である。そんなことは Meta だって百も承知だろう。それでも踏み切らざるをえないのは、Meta が広告の会社で、かつなるべく短期での成長を約束しないといけない世界的な上場企業だからだろう。

たとえば、クラシファイド分野の老舗の Craigslist のように非公開のプライベートカンパニーであれば、同じ広告でもこういう野暮な仕様をテストしようとはならないだろう。そう考えると、TikTok がユーザーエンゲージメントを強く打ち出すと同時にスキップ可能な広告のみでメニューを開発できているのは、Bytedance が非公開企業であることと無関係ではない気がしてくる。(「ポスト資本主義!」と叫びたくなってしまいますね)

はたして、Instagram はスキップ不可広告の誘惑に耐えられるのだろうか。近い未来に答え合わせができると思う。私は耐えられないに一票です。