基盤からインターフェースへの移行は予測された AI の未来だったのか? 〜Google Marketing Live 2023 から考える

日本時間の2023年5月24日、Google による毎年恒例のアップデート発表会「Google Marketing Live (GML)」が開催されました。当日の様子はオフィシャルブログのほか、各メディアでも詳細に報道されています。

参考リンク

 

オフィシャルブログのタイトルにもあるとおり、今回のテーマは「AI」でした。

「AI による新たな時代の〜」とわざわざ書いてあると、「最近の Generative AI ブームに合わせた急ごしらえなのかな?」と勘ぐってしまいますが、Google はすでにAI 界隈の20年プレイヤーです。急ごしらえどころか古参の部類に入るのではないかと思います。

AI に継続投資し、収益化してきた Google

2000年代はじめから、Google は人工知能の研究やビジネスへの応用について継続的に投資してきました。特に、同社最大の売上を占める広告システム「Google 広告」には基盤技術として AI が積極的にビルトインされ、適用が本格化しだした2010年代以降、Google の広告ビジネスの成長率は(規模が大きくなったにもかかわらず)それ以前よりも加速しています。

例えば、Google 広告の「スマート自動入札」などは AI のメリットを十二分に活かした代表的な機能で、インプレッションごとに都度算出した予測コンバージョン率から逆算したリアルタイムの自動入札は、広告のクリック単価や配信カバレッジを劇的に引き上げました。

以下のグラフにあるように、2010年代後半から同社の劇的な収益増が始まっていますが、これは AI による自動入札が強烈に推進されはじめた時期と重なります。

Statista による Google の収益グラフ

Statistic: Annual revenue of Google from 2002 to 2022 (in billion U.S. dollars) | Statista
2016年ごろから伸び方がエグい。グラフ詳細はStatistaで見れます

 

もちろんあれだけの巨大企業ですから他にもさまざまな要因があっての成長ではありますが、いまだに売上の8割近くが広告セグメントである以上、その基幹システムである AI の適用範囲の拡大と精度の向上がビジネスに与えるインパクトが大きかったのは間違いないでしょう。

言い換えれば、洗練された AI の予測モデルへの継続的な投資と、 Google が取得できる超大規模なシグナル供給が掛け合わさっての劇的な成長だったと言えます。人間が機会をつくり、機械が収益を伸ばしたと言っても過言ではないと思います。

そういった背景から考えると、オフィシャルブログの冒頭にある以下の声明は、誇張でも虚勢でもなく、まぎれもない事実なんだと思います。

AI は Google 広告の基盤であり、長年にわたり広告運用にかかっていた時間を効率化し、投資利益率を最大化できるよう、見えないところで静かにサポートしてきました。スマート自動入札などの機能から、P-MAX のような AI を全面的に活用する製品まで、この 10 年間に私たちが開発した多くの製品の基盤となり、あらゆる規模の企業の成長を後押ししてきました。  

https://japan.googleblog.com/2023/05/ai-powered-ads-GML.html

 

※ちなみに自動入札にするとなぜ Google の収益が増えるのか?についてはこの記事でも少し触れていますのでよろしければご笑覧ください↓

参考: 不況下でも自社のCPCが高いままなのは、ひょっとして自動入札のせいかもしれない

不思議だった Google Marketing Live 2023 の中身

こういった前提をもって今回の Google Marketing Live 2023 で発表された内容を眺めてみたのですが、なんだか少しだけ違和感がありました。あれ、いつもの Google っぽくないぞ…

発表内容のサマリー

・Google AIによる検索キャンペーンの自動生成
・生成AIによる自動作成アセット機能の強化
・P-MAXのアセット自動生成
・Product Studio
・ファーストパーティデータ管理の簡素化
・Search Generative Experience
・YouTube 広告 Video viewキャンペーン
・Demand Gen キャンペーン
・Google Merchant Center Next
・P-MAXでの分析情報の拡充
・動画広告の自動生成
・ディスプレイ&ビデオ 360 PAIR(Publisher Advertiser Identity Reconciliation)
・ディスプレイ&ビデオ 360 でのDigital & TVレポート

Google Marketing Live 2023イベントレポート:キーノートスピーチまとめ – Unyoo.jp より抜粋

 

各項目の詳細は Unyoo.jp の記事をご覧いただければと思いますが、どれも AI をフィーチャーした内容になってはいるものの、これまでのような入札の自動化やターゲティングの自動化といった基盤となる機能ではなく、広告キャンペーンのドラフト作成やクリエイティブの自動生成など、人間側の命令をもとにモックアップを AI が作成して、それを人間に確認してもらうというステップを踏んでいるものが多い印象を受けました。

AI と会話して新キャンペーンを作成している画面

参照: Google Japan Blog: AI による新たな時代の Google 広告

今までの Google は、主に「予測」と「自動化」に AI を使っていました。広告ランクの基礎になる pCTR(予測クリック率)や、pCVR(予測コンバージョン率)から逆算した目標CPA による自動入札などが典型的な例です。

広告の収益を最大化させるための eCPM の予測値(≒インプレッションの暫定価値)を算定するための根拠として、あるいは入札を目標値に対して「自動化」する際にオークションごとの入札単価を最適化するための根拠として、AI は活用されてきました。どちらも Google 広告の収益を左右する最重要変数たちです。

そして、これらはあまり表に出ず、バックエンドでこっそりテストしながら、いつの間にかオプトインされている。そんなイメージでした。Google 自身も ”投資利益率を最大化できるよう、見えないところで静かにサポートしてきました。” と書いているように、これらは人間の手間をなくし機械が自動最適/最大化するという役割で適用されてきたと思います。(まあ、自動入札はぜんぜん静かじゃなかったですが…)

こういうやり方には賛否両論あれど、個人的には「これぞ Google」というやり方だったなと思います。効率とデータ重視の経営であり、人間ではなく機械にやらせた方がリソースも収益も圧倒的に効率がいいだろう?という、合理性の極北のようなプロダクトの哲学を感じます。

一方で、この哲学に倣うと、ChatGPT のようなチャット型のインターフェースは採用できません。人間を挟まないほうがいいわけだからラリーは不要。

人間が動かす広告管理画面のようなインターフェースからはなるべくマニュアル操作を外し、運用を機械側にシフトすることで AI の効率と精度を上げようとしてきた(※1) Google にとって、現在盛り上がっている会話型インターフェースという方法論は採用しづらかったと思います。

両者は「AI」という言葉を共有しながら、実際には別々の進化の産物なんでしょう。

※1)実際、入札モデルは自動入札をデフォルトにしてクリック単価を選択させないようにしたり、P-MAX のように URL と目標だけ入れればあとは自動化してロジックはブラックボックス、という発展の仕方をずっとしてきました。そして収益的にも間違いなくそれが正解でした。

ところが、今回の Google の発表では、別々の進化だったはずのチャット型のインターフェースが至るところで適用されています。

先ほどキャプチャを貼った「会話型の広告設定サポート」などはその典型です。

本日より、Google 広告管理画面内で、自然言語による新たな会話型の設定サポートを利用できるようになります。これは、皆さまの専門知識と Google AI を組み合わせることで、キャンペーン作成を効率化し、検索広告の運用を簡略化できるよう設計されています。

該当のランディングページを入力するだけで、Google AI がそのページを要約し、キャンペーンと関連性が高く効果的なキーワード、広告見出し、説明文、画像などのアセットを生成します。実際にキャンペーンに適用する前には、これらの提案内容を確認し、簡単に編集することができます。ここでは、キャンペーン効果を向上させる方法についてチャットで相談することも可能です。まるで同僚に相談するかのように、Google AI にアイデアを求めることができるのです。

Google Japan Blog: AI による新たな時代の Google 広告

 

以前の Google であれば、この手のプロダクトは会話型にせず自動適用にしていたでしょう。過去には「スマートキャンペーン」というほぼ全自動のキャンペーンを推進していたこともありますし、「該当のランディングページを入力するだけで〜」というのは、現在でもインデックスデータを使った動的検索広告(見出しは自動のため広告主はコントロールできない)でも実現できている機能なので、技術的に大きなジャンプアップがあったようには思えません。

入札の自動化やターゲティングの自動化とは違い、会話型インターフェースは広告主(人間)側で見せる広告の編集や意思決定ができます。

Google にとっては人間の入力が省略できたほうが(AI による収益の最大化をしやすいので)都合がよいはずですが、今回発表されたリリースの多くはそうではなく、むしろ人間を介するステップ数を増やすアプローチを採っています。

なぜわざわざ手数を増やし、収益に寄与しなさそうなリリースを前面に持ってきたのだろうか? そう考えると、Google が目下受けつづているプレッシャーがなんとなく想像できます。

このプレッシャーの産物が今後どうなっていくかは時間が経ってみないとわからないですが、いずれにせよ今回の Google Marketing Live は現在の Google の焦りが垣間見える発表だったというか、「OpenAI がいなかったらきっとこういう寄り道はしなかったんじゃないかな?」と思わずにはいられない内容でした。

一方で Google らしいリリースも

…と、なんだか Google に対して批判的な論調になってしまいましたが、一方で彼ららしいリリースも幾つかありました。

今回の発表の中では、商品データのデファクトになりつつあるマーチャントセンターの後継版「Google Merchant Center Next」は、ある意味でとても Google らしい、期待のもてるリリースだと感じます。こちらは別の記事で改めて書く予定です。

Google Merchant Center Next

これまで独占禁止法でたびたび訴訟されるほど市場を席巻していた Google が、久しぶりにちゃんと脅威に感じているというチャット型 AI は、広告に、検索に、人々の生活にいったいどんな影響をもたらすのでしょうか。

正直、ChatGPT が吸い上げるクエリの数は現時点の Google から見れば米粒のような微々たるもののはずです。代替さているのはインフォマーシャルクエリですから収益にも直接的な影響はほとんどないでしょう。では何を恐れているのか。それはおそらく人々の認知や情報探索のビヘイビアが徐々に変わっていってしまうことではないかと想像します。

一度変化した認知や行動は不可逆です。だから変化の先に自分たちが居ないといけない。そのためにも Google はここからしばらくは新しいリリースをがむしゃらに出してくると考えられます。AI の適用は加速度的に広がるはずです。

エンドユーザーとして、そして広告運用者として、これを恩恵と捉えてうまく活用していきたいなと思います。楽しみです。