クリエイティブの摩耗(広告疲れ)とは何か
同じ広告・クリエイティブを繰り返し目にしたことで、ユーザーがその広告表現やメッセージに興味を引かなくなり、まったく目に入らなくなるような現象を英語で「Ad Fatigue」というらしい。
直訳すると「広告疲れ」になるが、これだとピンとこない人は多いかもしれない。「広告だらけで疲れるからアドブロックしている現状」のような意味だと勘違いされそうな気もする。「クリエイティブが摩耗した」という表現のほうが伝わりやすいのではないだろうか。
興味がなくなる程度ならまだいいが、昨今の広告は嫌悪や排斥の対象となったり、ターゲティングのための技術的な仕様が法律で規制されたりしている。悪者扱いである。リターゲティングが(効果は認められているにもかかわらず)常にネガティブな響きを持つのは、不愉快な広告が繰り返し表示されることによるユーザー側の嫌悪感によるところが大きいだろう。
繰り返し同じ広告を見せられることによって、ユーザーが反応する可能性は下がっていく。運用型広告はクリック率や視聴率といった指標がリアルタイムで更新されているので、時間の経過とともに目に見えて反応が落ちていく様子が管理画面やレポートで視認できる。クリエイティブの摩耗が可視化されやすい。
eCPM とフリークエンシーは相性が悪い
広告にはユーザーあたりの接触回数を示す「フリークエンシー」という指標がある。
フリークエンシーは「接触を繰り返すほど認知が高まる」という前提であれば高いほうがいい。ただ、クリック以降のアクションを実績として求めることが多い運用型広告では、同じユーザーに繰り返し広告が表示されることにポジティブな意味合いを見出すことは残念ながら少ない。
それは同一クリエイティブのフリークエンシーはクリック率と負の相関を示すことが一般に知られているからでもある。先ほどから繰り返しているとおり、何度も表示される広告は徐々にクリック率が下がってしまうのがふつうだからだ。
予約型の広告を除き、オークション型の広告は eCPM(≒広告ランク) によって表示可否や優先順位が決まっている。クリック率は広告の質的判断であると同時に eCPM(≒広告ランク) の計算に使われるので、クリエイティブの摩耗はオークションでは不利になりやすい。予測クリック率が低ければ低いほど、インプレッションの価値が低いと評価されてしまうためだ。
そのため、具体的な成果が可視化され、かつそれがオークションにも影響する運用型広告では、クリック率と負の相関があるフリークエンシーは増えないほうが合理的になる。
これをどう解釈するかはその人の立場や目的によるが、少なくとも獲得型の広告にとってはクリエイティブの摩耗は成果に直結する課題になりやすい。
広告とクリエイティブの違い
「クリエイティブ」と「広告」が 1:1 で紐づく従来の静的な広告と違い、デジタル広告はカルーセルやレスポンシブといったフォーマットが主流なので、1つの広告単位に複数のクリエイティブが紐づくことがある。
以前の記事でも触れたことがあるが、Google のレスポンシブ検索広告であれば、1つの広告に対して最大で47,040通りものパターンのクリエイティブが出る可能性がある。(可能性というだけで実際は数十パターン程度に収まりますが)
こうなると、広告主の管理単位である「広告」と、ユーザーが視認する「広告」は、「クリエイティブ」という単位で異なるという事態が生じる。管理画面で見る数字とユーザーの現実とのあいだに大きなギャップが生まれてしまうのだ。
興味関心が下がっていくのはあくまで「クリエイティブ」が同じものだと感じた場合に起きるのであって、「広告」ではない。なので定義としては「広告疲れ」よりも「クリエイティブ疲れ」としたほうが適切だろう。
そう考えると、日本語の「クリエイティブが摩耗する」という表現は的を射ていると思う。
新しくて多様なクリエイティブを入れつづけるしかない
ここである記事を引用してみたい。2023年なので少し前のものになるが、Meta の分析チームがクリエイティブの摩耗について書いたレポートだ。
この調査は、広告の中に複数のクリエイティブが存在するという昨今の事情を考慮して、「広告」単位ではなく「クリエイティブ」単位で分析されている。Meta の巨大なサンプルをもとにした、かなり厳密な内容でおもしろい。
タイトルも「Creative Fatigue: How advertisers can improve performance by managing repeated exposures (クリエイティブ疲労: 広告主が露出の繰り返しを管理してパフォーマンスを向上させる方法)」というもので、あたかも銀の弾丸がありそうな扇情的タイトルなのだが、先に結論を言うとクリエイティブの摩耗を一瞬で解決する魔法が書いてあるわけではない。(がーん)
むしろ、我々がふだんからやっているような、「パフォーマンスが低下してきた広告セットに新しくバラエティに富んだクリエイティブを追加するとよいぞ」的なことが、ものすごくちゃんとした調査の結果として書かれているのだ。
To manage creative fatigue, this suggests that there is great value in adding new and diverse creative into ad sets experiencing performance declines.
この結果は、クリエイティブ疲労を管理するためにパフォーマンスが低下している広告セットに新しくて多様なクリエイティブを追加することに大きな価値がある、ということを示唆している。
https://medium.com/@AnalyticsAtMeta/creative-fatigue-how-advertisers-can-improve-performance-by-managing-repeated-exposures-e76a0ea1084d
思わず「知っとるわ」という言葉が出かかってしまうような、期待して読むとガッカリする内容ではあるのだが、この身も蓋もない結果を受けとめたうえで我々広告運用者はどのような行動をとるべきか、というのが建設的なレポートの読み方であろうと思う。
クリエイティブはもはや AI で生成できるコモディティのように扱われているし、「メッセージや商品が何も変わらなくても、とにかくクリエイティブを量産して摩耗を防ぐ」という無味乾燥な施策がしやすいようにプラットフォームも進化しようとしている。
だからこそ、その前提に立ったうえで、クリエイティブの一つひとつ、広告運用の一挙手一投足に「何のためにやっているのか」というポリシーが求められているのだろう。
Metaのクリエイティブ摩耗についての記事のまとめ
というわけで、結論はすでに書いてしまったのだが、せっかく読んだので、以下で Meta のレポートの面白い部分をざっくりメモとして置いておきたい。
Meta のレポートのメモ
- 「クリエイティブの摩耗」×「オーディエンスの飽和」
- フリークエンシーの「平均」に潜む落とし穴
- CTRは負の相関、CPAは正の相関
上記の3つに分けて、以降で詳述していく。ちょっと長いのでお時間ある方はお付き合いください。
1.「クリエイティブの摩耗」×「オーディエンスの飽和」
クリエイティブの摩耗は、同一ユーザーに対して露出を繰り返すことによって、CVR や CTR、あるいはエンゲージメントが低下していく傾向を指している。
これらの数字の低下は、「クリエイティブの摩耗」だけでなく、「オーディエンスの飽和」も関係していることが多い。一般的なオーディエンス飽和ではターゲットの拡大や変更で対処できる場合もあるが、ここにクリエイティブの摩耗が加わることで、各指標の低下は複層的な問題へと発展する。
緑色の点は最初のクリエイティブが時間の経過とともに摩耗しコンバージョン率が減衰していく様子で、赤色の点は新しいクリエイティブによって CVR が回復したものの、オーディエンスの飽和によって当初のクリエイティブの水準までは CVR が出にくいという状況をモデル化したものだ。
クリエイティブの摩耗とオーディエンスの飽和は、管理画面だけだと(運用していればある程度わかるとはいえ)どちらがより影響しているのかを測りるのはむずかしい。クリエイティブではなくオーディエンスが要因ということも運用の現場ではよくあるだろう。
ただ、リターゲティングが本来の意味では機能していない現在は、運用の現場ではオーディエンスの飽和よりも新しいクリエイティブを追加することで CVR の減衰に別の変化点を加えられることが多いのは確かだ。
もちろん新しいオーディエンスを加えることで解決できることもあるだろうが、一般にターゲットオーディエンスは確度の高い濃いオーディエンスリストから始めることが多いので、単純なオーディエンスの拡大は CVR の低下につながりやすい。新しく差別化されたクリエイティブを開発するほうが CVR 上昇への期待値は高いかもしれない。
フリークエンシーの「平均」に潜む落とし穴
メディアの多様化、運用型広告の自動化やサードパーティクッキーの無効化などで、フリークエンシーの議論はあまりしなくなった。ただ、それでもソーシャルメディアや動画メディアでは引き続き重要な指標になっている。
フリークエンシーは設定した期間での平均を示すものであり、現実をそのまま映しているわけではない。たとえば、以下のような極端な例が挙がっている。
1日目: 10万人のユーザーが広告Aを1回閲覧
2日目: 1日目のユーザーのうち、5万人が広告Aを2回閲覧
3日目: 2日目のユーザーのうち、2.5万人が広告Aを4回閲覧
上記を計算すると、「30万インプレッション ÷ 10万ユーザー」なので平均のフリークエンシーは 3回になる。だが、3日目の時点でリーチしている2.5万人のユーザーは実際には同じ広告を7回見ていることになるし、1日目以降広告を見ていないユーザーの接触回数は 1回のままだ。平均は必ずしも現実を映すわけではない。
以下はすべての Metaの広告のインプレッション割合と接触回数を表したチャートだが、ユーザあたりのクリエイティブ接触回数の平均は 4.2回 で、広告インプレッションの約 19% が 5 回以上表示されている。(ルックバックウィンドウは30日のもの)
フリークエンシーは算出期間に左右されやすく、複数のキャンペーンや広告グループにまたがった広告で同じクリエイティブを使用している場合は検証はより困難を極める。このチャートですら、平均は参考にしかならない。
CTRは負の相関、CPAは正の相関
クリエイティブの摩耗が Meta広告のパフォーマンスに与える影響は、一般に想像する内容とほぼ同じだ。Meta ほどの配信ボリュームでそうなっているのだから、似たようなソーシャルプラットフォームであれば近似していると考えてよさそう。
以下の図のように、Y軸に CTR を、X軸にフリークエンシーをとると、グラフはきれいな負の相関を示す。フリークエンシーが高まれば高まるほど、CTR は下がっていく。
オーディエンス飽和のようなクリエイティブ以外の因子を除いて回帰分析を行った結果でも、同様に負の相関が見て取れたとのこと。
一方で、CPA については正の相関になる。つまりフリークエンシーが上がれば上がるほど、CPA も上がっていく。
一般にリターゲティングの成果がいいのは単純接触効果(ザイオンス効果)によるものだという説明がされることが多い。ある程度の接触回数までは CPA は悪化せず(むしろ良化し)、その後は徐々に上がっていくというイメージだ。
ところが Meta の分析ではそういう事実はなかったらしい。
クリエイティブが繰り返されることは「ある程度までは有効である」という事実はデータからは見当たらず、CPC および CPA は繰り返せば繰り返すほどリニアに高くなっていくようだ。
これは配信面が Meta のプロパティ(縦にスクロールするタイムラインの比率が高い)に限られていることで、Google などのさまざまなメディアに露出するオープンアドネットワークに比べてクリエイティブの摩耗が起きやすいことも影響しているだろう。
もちろん、ブランド認知などの別の目的があれば広告が繰り返されること自体は別に構わないし、むしろ歓迎すべきことかもしれない。結局は何のために広告を配信しているのか、その目的に尽きるのだろうと思う。