社会貢献:LivEQuality HUB(リブクオリティハブ)

Case: LivEQuality HUB

住まいの負のスパイラルを断つ

LivEQuality HUB は、「ひとりひとりに豊かなくらしを」の理念のもと、様々な事情によって住まい探しに困難を抱えている女性(特にシングルマザーの方)に対し、住まいの供給から入居の促進まで幅広く支援をされている愛知県の NPO 法人です。地域のハブとなり、次の挑戦を応援する仲間とつながる機会提供を行うことで、再出発できる環境づくりのサポートもされています。

LIFTは、NPO 法人設立時からパートナーとなっているほか、活動を支えるため継続的な寄付・支援をさせていただいております。

今回は、LivEQuality HUB 代表理事の岡本さまをお招きし、建設会社の社長業をする中で本事業の立ち上げに至った経緯、ひとり親家庭などの社会課題に対する思いやお取り組みについて伺います。

NPO法人 LivEQuality HUB
代表理事 岡本拓也 さま

インタビュアー
LIFT合同会社
代表 岡田吉弘


NPOから建設会社へ

岡田:今日はお忙しい中お時間を作っていただきありがとうございます。まずは岡本さんのバックグラウンドと、LivEQuality事業ならびに LivEQuality HUB の立ち上げの経緯についてご紹介いただけますでしょうか。

岡本:こちらこそありがとうございます。愛知県にある NPO法人 LivEQuality HUB の代表理事と、建設業の千年建設の社長を兼任しています岡本と申します。

まずかんたんに自己紹介しますと、生まれは大阪で、育ちが名古屋。社会人は主に東京で、事業再生やコンサルティングなどの仕事をしてきました。学生時代にソーシャルビジネスと出会ったことがきっかけで、30代からは「認定NPO法人カタリバ」などの NPO、社会起業の分野に関わってきました。岡田さんと出会ったのもこの頃ですよね。

岡本拓也さん

岡田:カタリバは先日ご退任されましたが、のべ14年ほど理事や事務局長として関わられていましたね。そのきっかけになった「ソーシャルベンチャー・パートナーズ東京(SVP東京)」で岡本さんと知り合いました。私は末端のパートナーでしたが、岡本さんは SVP東京の二代目代表でもありました。

岡本:いやいや(笑)。それで、ソーシャルビジネスにどっぷり浸かっていた自分が建設会社の社長になるに至った経緯ですが、転機となったのは2018年でした。建設業をしていた父が急逝し、現在の千年建設の社長を継ぐことになったのです。

当時は会社を継ぐつもりはなかったのですが、会社の皆さんがとても良い方々ばかりで、彼ら彼女らが困っている状況を見るにつけ、「あれだけ社会課題だ、ソーシャルインパクトだと言っていた自分が、目の前で困っている身近な人たちに対して何もしないのか?」という葛藤があり、最後は継ぐ決意をしました。

岡田:NPO から建設会社への転身は、小さくないギャップですよね。当時悩んでいた岡本さんの姿は憶えています。

岡本:最初の2年間は慣れようと現場に入ってとにかく必死に働く日々でした。そんな中でもう一つの転機となったのが2020年の春。新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が出された頃です。世の中が一変していく中で誰もが大変な状況にいたわけですが、中でも特にシングルマザーの置かれている状況の厳しさを知りました。

仕事がなくなって日々の食事も満足にとれない母子、ステイホームでドメスティック・バイオレンス(DV)等が加速し命からがら子どもと一緒に逃げてくる方など、凄惨な状況が一気に噴出した。それを見て、建設業だからこそできることはないのか?自分自身が情熱をかけてきたソーシャルビジネスを実現すべきタイミングではないのか?と考え、スイッチが入ったんです。

岡田:ソーシャルと建設が組み合わさると住居のアプローチになる。だから LivEQuality にはLive(住む・生きる)が入っているんですね。

岡本:そう。Live(住む・生きる)と Quality(質)のあいだに Equality(公平さ)という言葉を入れています。このコンセプトを実現しようと考えました。

日本は住所主義なので、住所がないと基本的にあらゆる手続きが進みません。行政サービスがまず受けられない。行政手続きが進まないと仕事に就けないし、子どもを保育園に預けられないという状況です。コロナでダメージを受けたのはこの状況に陥りやすいシングルマザーの方たちでした。

また、制度的な問題でもありますが、日本は借家人の権限が強いので仕事がないシングルマザーに住宅を貸す大家さんがまず出てこない。一度住所がなくなると八方塞がりになりやすいんです。だから「自分たちが大家さんになればいいんじゃないか?」と考えました。

岡田:まさに建設的なアプローチだ。ここから「アフォーダブルハウジング」的な取り組みに移っていくわけですね。

母子世帯をとりまく社会課題

岡本:はい、そうなんです。ではせっかくの機会なので我々が取り組んでいる社会課題について改めてお話しさせてください。

まず第一に「住まい」の問題です。住まいの問題に取り組んでるという話をすると、よく公営住宅の話になりますが、公営住宅は現状ですと供給戸数は減少傾向で、かつ応募倍率が高く、ほとんど入居ができません。仮に入居できてもアクセスや利便性の観点から住むのがむずかしい物件が多い。これは名古屋に限らず全国的にどこも同じような状況になっているのかなと思います。

そんな中、金融緩和で不動産価格がどんどん上昇していて、一般的な世帯だとなかなか手が届かないものになりつつあります。

不動産価格はこの10年で急騰

岡田:この10年の高騰ぶりは凄まじいですよね。しかも中部地方は関東よりインフレ率が高い。

岡本:そうですね。日本は海外に比べてまだマシと言われてはいるものの、消費税増税に加え物価高なども重なり、困窮されている方にはかなり厳しい状況になっています。中でもシングルマザーの生活は苦しく、母子世帯の稼働所得は約213万円というデータが出ています。貯蓄がない比率が 31.8% です。生活意識についても苦しいと感じている方が9割近くになっているような状況です。

平均収入は306万円で全世帯の約55%に留まる
貯蓄のない世帯が3割を超え、困窮しやすい

岡田:いわゆる相対的貧困と呼ばれる状態にあると。

岡本:まさにそうです。「相対的貧困率」はグローバルで定義された指標ですが、日本は 15.4% です。これは水準より高いと言われていますが、ひとり親家庭に限ると、50%近くまで上昇します。

約半分の世帯が相対的貧困の状態にある

岡本:この相対的貧困は、一人当たり127万円と定義されています。つまり子どもと1人のシングルマザーのお母さんの2人で約250万円です。この中で生活費を払って、住居費も払っていかなければならないのです。これはかなり厳しく、見逃せない状況だと考えています。

先ほど「アフォーダブルハウジング」という単語が出ましたとおり、私たちはこの部分へのアプローチとして NPO 法人である「LivEQuality HUB」で、住まいを提供して生活再建の支援を行っています。

岡田:活動の中心は愛知県の市街地だと思いますが、たとえば名古屋という都市の規模だとどれくらいの世帯が困っているのでしょうか?

岡本:名古屋市では、年間350世帯ほどのシングルマザーが住まいに困っていると推計しています。ただ、突然の環境変化、例えば DV の問題を抱えている家庭だけではなく、「住まいはあるけども引っ越しする必要がある」や「住居環境が不便で合わない」という状況の方も含めると10倍ぐらいの人々がいると考えられます。名古屋というエリアを一つだけとっても、かなりニーズが高い状況です。

岡田:これを全国で換算すると途方もない数ですね。

岡本:もちろん、住めれば万事解決という単純な問題でもなくて、さまざまな支援・つながりが必要です。将来的には、アドボカシーをしていき、男女の賃金格差の問題に対する提言も含めて活動を広げていきたいと考えています。

つながりをつくる伴走支援

岡田:ありがとうございます。「コロナ禍で顕在化したシングルマザーの厳しい状況に対する、LivEQuality HUB のアフォーダブルハウジングというアプローチ」と整理できるかと思いますが、実際に始められたことによって新たに直面する課題もあるのかなと思っています。現実の課題は複層的というか、単に住居を提供すれば終わりという単純な問題ではないんだろうなと感じました。

岡本:まさにそうで、ご入居いただいた方は想像以上に大変な状況にいる方が多かったです。

入居者の一例

岡本:例えば外国籍のシングルマザーの方。シングルマザーはそれだけでもちろん大変なんですが、外国籍の場合、日本においてさらに厳しい状況になります。夫からの DV を受け避難していたが、日本語能力がじゅうぶんでないので就職が難しい、母国に帰ろうにも子どもたちは日本国籍、かつ母国語は話せないので日本で育てる必要があるが、仕事も住居も…という負のスパイラルです。

周囲との繋がりがない、あるいは失われていて、誰かに助けを求めることができない。住居の提供だけでなく生活を再建するための伴走支援が必要でした。

岡田:住居と同時に、孤独・孤立している状況を抜け出すサポートが必要だった。

岡本:そう。最初は地域の NPO と協力して伴走の部分は任せたいという気持ちもあったんですが、一人ひとりの状況は一人ひとり違っていて、どなたも非常に厳しい状況でしたし、住まいと周囲とのつながりというのは不可分です。伴走するにはお金も人手もかかり、善意だけでは回らないことがあります。そこで、住居だけでなく伴走支援まで踏み込もうと決め、「LivEQuality HUB」で一気通貫で行おうと決めました。

岡田:住まいの課題は千年建設のノウハウで魅力を高めた物件として取得・改築し、柔軟な契約条件で提供する。そして入居してくれたシングルマザーの方へ、NPO として伴走支援する。営利と非営利の利点をうまく組み合わせて課題解決に向かうということですね。

岡本:まさにそのとおりです。母子家庭が住みやすい場所に柔軟な価格や条件で提供していますが、もちろん物件を選ぶ上で綿密に財務計算をしています。普通の大家さんだと、どれだけ高く貸せるかというチャレンジをするのですが、我々の場合はどこまで安く貸せるかのチャレンジをしています(笑)。

私たちの事業は、「ハード(住まい)」と「ソフト(居住支援)」を一気通貫し、今ある地域資源につなげるということが一つの特徴です。住まいなので、継続的にそのご家族の支援ができ、ポジティブな変化を一緒に経験できるという面もモチベーションになっています。

岡田:バラバラの支援ではなく、同じ主体が一気通貫で行うがゆえですよね。個々の利害の不一致や接続のむずかしさを回避できるから、結果的に支援もうまくいきやすい。

岡本:まだまだこれからではありますが、手応えは感じています。

先ほどの外国籍のシングルマザーのケースですと、他県から親戚の家に子ども2人を連れて、非常に狭い住居で暮らしていました。彼女は英語が非常に得意で聡明なんですけど、日本語はほとんど話せない。支援を受けるために市役所に行ったところ、住所が他県だから支援ができないと言われたそうなんですね。

この時に、たまたま我々の取り組みが中日新聞に大きく取り上げてもらったのがきっかけで、行政から「受け入れてもらえませんか?」と連絡をもらいました。まさにこういった時のために自分たちはチームを立ち上げたんだ!と思い、住居・生活支援ともにかなり厳しいケースではあったのですが、受け入れを行いました。

岡田:素晴らしいなあ。

岡本:この方からは、少し前にメッセージをいただきました。

「ひとり親になるということは苦労の多い人生ではなく、強くなるための旅です」という言葉が印象的な内容でした。

最初の頃の彼女は本当に不安そうでしたが、その頃からは全く想像もできないような状況に今は進むことができて、非常に嬉しく思っています。

いただいたお手紙の日本語訳

岡田:私も外国籍の方やシングルマザーの知り合いが何人もいますが、みなさん難しい状況の中でも本当に頑張っていらっしゃると感じます。

岡本:このお母さん自身も、次のステップに行こうと子どもたちのためにすごく頑張っている方でした。何より嬉しかったことは、お母さんが安定すると子どもたちも元気になっていくことですね。

ハウジングファーストとインパクト投資

岡本:住まいの提供はありがたいことに戸数も増えて、大きくなってきました。これは建設というより不動産業になりますので、現在は部門としてスピンアウトし、分社化しています。「LiveQuality大家さん」という株式会社を作り、ここで新たに資金調達をしながら事業展開しています。

LivEQuality 事業のポートフォリオ

岡田:資金調達のところは、いわゆるインパクトボンド(私募社債)ですよね。このアイデアを初めて聞いたときはびっくりしました。さすがのスケールだなと。

参考リンク

 

岡本:「LiveQuality大家さん」で、一つ参考にしたのが、ホームレス支援で成果を上げたニューヨークのコモン・グラウンドという組織の事例です。

ニューヨークが非常に治安が悪かった当時、タイムズスクエアホテルというほとんど廃墟のようになっていたホテルを約3600万ドルで買い取ってフルリノベーションしました。まずは「ハウジングファースト」。とにかく仕事がなくても、お金がなくても住まいは人権だから住まいを届けるんだ!という考え方のもと、気持ちのいい住まいをホームレスに届けていったら、皆が自立に進むことができたという事例です。

コモン・グラウンドの投資スキーム

岡本:我々もこの「ハウジングファースト」は本当にいい考え方だなと思っていて、日本でも同じことができるはずだと思い、実践するべく動き出しました。他の金融商品と比べるとファイナンシャルリターンは抑えめではありますが、資金使途を社会的意義のある取り組みに限定することで、賛同いただいた投資家のみなさんの意図を反映できる運営を構築し、忍耐強い資本として形成していきます。

他にも、ワシントンのアフォーダブルハウジングに関する課題解決のためのネットワーク 「エンタープライズ」はすでに7兆〜8兆円ぐらいの規模になってきているという事例もあり、日本でも自分たちだけでなく、行政や企業などとも連携したコレクティブな活動として広げていきたいと考えています。

互いに応援し合う関係に

岡田:素晴らしいお話をありがとうございました。岡本さんがご実家の建設会社を継がれたときは、未来でこういう話をしているなんて想像していませんでした。

現在の LivEQuality 事業は私が知っているだけでも非常にたくさんの方が関わっていらっしゃいますが、やはりやると決めたら貫く岡本さんの人徳にたくさんの方が集まってくるのだなと感じます。

岡本:私こそ関わってくれる皆さんの徳に支えられていると思っています。今でも「よく周りがついてきましたね」なんて言われることがありますが、実際にスタートしてみると、まさに岡田さんもそうなのですが、いろんな方が応援してくれました。転職してきてくれたり、役員としてコミットしてくださる人も増えました。

岡田:私はただの賑やかしですが(笑)。

岡本:「LivEQuality HUB」を立ち上げた直後に、クラウドファンディングに挑戦しました。まだ本当に法人が出来あがったばかりでどうなるか分からない段階にもかかわらず、岡田さんは強くコミットしてくれました。支援者に向けてのメッセージは一言一句手直しをしてくれて、頑張って直した記憶があります。「この文章だと伝わらない」とか言われながらね(笑)。

法人を立ち上げる際も何度も壁打ちしてもらい、ブランドやウェブサイトの方針、マーケティングなどでも非常に助けていただきました。おかげで最初の段階をサバイブできたので本当に感謝しています。

岡田:サバイブどころか、周りの誰もが驚くくらいのジャンプアップをされています。岡本さんはじめ、現場のみなさんの力です。

岡本:岡田さんのいいところは、一回サポートすると決めたら、ブレずにずっと続けてくれるところですね。他の支援されている企業事例も読みましたが、姿勢が一貫している。

LivEQuality HUB でも関係者のグループがあるのですが、私が全体にメッセージを送ると岡田さんは必ず返信してくれるじゃないですか。必ず何らかのアクションをしてくれるし。先日も名古屋でイベントがあった際に「会おうよ」って約束したら本当に金沢から来てくれる。それってなかなかできないことだなぁと思っています。

 

岡田:そんなに忙しくないから(笑)。もとい、LIFT は NPO 法人からフットボールクラブまで幅広く関わらせてもらっていますし、本業の広告やマーケティング支援もそうですが、やはり「応援するのが楽しいからやっている」というのはあると思います。広告も、応援する対象があってはじめて成り立つ商売ですしね。

岡本:応援する側もされる側も、どちらも互いがいてこそ成立しますもんね。

岡田:弊社の仕事の多くは広告運用ですが、広告には掲載されるメディアが必要で、メディアは日本語だと「媒体」になります。媒体を仕事の対象にしている以上、我々自身は何かを生み出す主体ではなくてあくまで媒介者だから、立場としては徹底的にサポーターになるしかない。どうせサポートするなら心から応援したくなる相手を、心から応援したほうが楽しいかなと。

岡本:クライアントさんにもそういうスタンスで関わってらっしゃるからファンがつくんだろうなと思う。

岡田:物好きなお客さまに支えられています(笑)。それで、応援が波及していく前には必ずといっていいほど「しらけ」の期間があるじゃないですか。サッカーでもビジネスでも、負けたり失敗したりすればしらけるし、ブーイングになるし、「金返せ」とか言われたりする。それが続けばいつしか無視されて話題にのぼらなくなるかもしれない。だから応援も真面目にやるには覚悟がいるというか、一度応援すると決めたら、対象が一生懸命やっている以上はこちらも応援しつづけるということをあらかじめ宣言しておくのが大事かなと思っています。

岡本:私はこれからもとにかくコツコツと挑戦だけは続けていきたいと考えてますし、以前から言いつづけている「遠くに行きたければみんなで行け」の精神で、皆で支え合いながらやっていきたいです。

なので岡田さんからも、LIFTさんからも応援し続けてもらえるよう、がんばっていきますね。

岡田:私もがんばります。本日はお忙しい中ありがとうございました!

NPO 法人 LiveEQuality HUB