拡張CPCがなくなってしまった

拡張CPCがなくなる

Google広告の入札戦略の一つである拡張クリック単価(以下:拡張CPC) が、2024年10月から新たに設定できなくなることが決まった。そして2025年3月には完全になくなるらしい。

9月6日頃から、以下のようなリリースが(拡張CPCを利用している)世界中のアカウントに届いている。

同じ内容のメールが世界中のアカウントに届いた

なんてことだ。率直に言って、とてもかなしい。

私は拡張CPC が好きだったのだ。

昨年(2023年)にショッピング広告で利用できなくなったり、そのもっと前(2021年)にもポートフォリオ入札で使えなくなったりと、外堀が徐々に埋められているのはもちろん知っていた。うっすらと「いつかなくなるもの」だという覚悟をしていたのは確かだ。

でも、多少の覚悟があったところで、実際に起きてしまえばかなしいものはかなしい。

「ビジネスマンたるもの、かなしいときこそ気丈に振る舞わねばならない」という話はわかるし、しかも私は経営者なので「かっ…拡張CPC が… なくなっちゃった…… ウワァァン!」などと取り乱していたら社員も取引先もドン引きであろう。機能が一つなくなっただけでいちいち離職されたり契約を見直されてしまうようではまずい。

というわけで、このかなしい気持ちをちゃんと収めて、次へと向かうために整理しておきたいと思う。

なくなるまでの流れと、対応

まずは事実をおさらいしておこう。告知メールに書いてあるとおりだが、廃止までのスケジュールは以下のようになっている。

拡張CPC 廃止までのスケジュール

2024年10月

新しいキャンペーン(検索・ディスプレイ)で拡張CPC が選択不可になる

※既存の設定は2025年3月までそのまま利用可能

2025年 3月

拡張CPC を利用しているキャンペーンは個別CPC へ自動的に移行

※ディスプレイ広告の入札戦略が「クリック数の最大化」で拡張CPC が有効になっている場合も、そのままクリック数の最大化が継続される

この記事を書いている2024年9月9日の段階で、新規入稿停止まではあと3週間ほど。完全廃止までは半年強というスケジュールだ。

この僅かなあいだに推奨する準備として、Google は以下のように案内している。

必要なご対応
コンバージョンをトラッキングされている場合は、設定されている目標に応じてコンバージョン数の最大化またはコンバージョン値の最大化に切り替えることをおすすめします。コンバージョンをトラッキングされておらず、コンバージョン数またはコンバージョン値に基づく目標を設定されていない場合は、クリック数の最大化の使用をご検討ください。

Google Ads からのメールより抜粋

要するに、この機会に入札戦略はすべて自動入札に切り替えろと言っているのだ。

後述するが、Google はできるかぎりすべての入札を自動へと切り替えたいがためにわざわざ拡張CPC を廃止するわけなので、彼らとしてはこれは至極妥当な説明だと思う。

一方で、拡張CPC を愛する私からはいくつか言いたいことも出てくる。

Google広告を運用していると、以下のような場面に出くわすことがあると思う。

  • デフォルトが自動入札になっている
  • 新規設定時に個別(手動)入札が選択しにくい位置に隠されている
  • ある程度予算やコンバージョン数が確保できているキャンペーンで繰り返し自動入札への変更を煽られる(管理画面上で)
  • ある程度予算やコンバージョン数が確保できているキャンペーンで繰り返し自動入札への変更を煽られる(四半期ごとに別々の人物からメールや電話で)

つまり、言われたとおり設定していた場合、ほとんどのアカウントは自動入札に誘導されているはずだ。

言い換えれば、ここ数年以内に動きはじめたキャンペーンでわざわざ拡張CPC を使っているということは、意図的にその設定を選んでいるはずである。

自動入札がほぼ強制されている状況下において、敢えて拡張CPC を選ぶということは、その運用者は自動入札にしたくない(≒ クリック単価は自身でコントロールしたい)という意思表示をしているとは言えないだろうか。

ほかの人はどうだかわからないが、少なくとも私はそうだ。

拡張CPC にしているキャンペーンの多くは「意図的に」それを選び、同時に「意図的に」自動入札を選んでいない。だとすれば「自動入札にしろ」という Google の説明は筋違いというか、少なくとも合理的とはいえないだろう。だってこちらはわざわざ選んでいないんだから。(自動移行される個別CPC のほうがまだ合理性がある)

自動入札より拡張CPC が好きな理由

先に誤解がないように申し上げておくと、自動入札は特定の条件下ではすばらしいと思う。予算と時間が潤沢にあって、幅広くコンバージョン性向の高いインプレッションを獲得していくのであれば、部分一致(インテントマッチ)でコンバージョン数の最大化をブンブン回す方が機会損失は起きにくい。コンバージョン数の絶対値も増えていくのはまぎれもない事実だ。

さらに言えば、検索クエリという具体的かつ明確なインテントがないキャンペーンであれば、人間が感知できない多種多様なシグナルと、それらを自動的に判別して入札にフィードバックするシステムのほうが中長期的には必ず有利になる。

たとえばデマンドジェネレーションキャンペーンなら(実際には自動入札のみだが)個別CPC で機能するイメージは湧かない。Meta のようなソーシャル広告もクリック単価を厳密に管理してうまくいくケースは稀だろう。

だから、自動入札を別に否定しているわけではない。実際にほとんどのアカウントで採用されているわけだし、弊社でも大いに使わせてもらっている。

ただ、私はそれでも拡張CPC が好きなのだ。なくなるのが本当に惜しい。

というわけで、以下で改めてその理由を挙げることで、私なりの拡張CPC への鎮魂歌(レクイエム)としたい。

指名キーワードで必要だから

自社名やオリジナルブランドのキャンペーンは、ダブルブランドやリセラーじゃないかぎり容易に高い広告品質・ CVR を出すことができる。

こういったいわゆる「指名キャンペーン」の場合、目標CPA のような予測CVR から逆算して上限CPC を決めていくタイプの自動入札は、高い品質によって相対的に CPC を安価に抑えられるはずにもかかわらず、自動入札が品質や予測CVR の高さを理由にして過剰な上限CPC(←見えませんが)で入札しやすくなり、結果的にオークションプレッシャーの影響を受けやすく、平均CPC が高騰しやすくなってしまう。

「広告グループを組み替えて拡張CPC にすればインプレッションシェアをほとんど変えずに数分の一の平均CPC で済むのに…」 と思ってしまうキャンペーンを、セカンドオピニオンの場でよく見かける。

自社ブランドが有名で検索数が多ければ多いほど指名キャンペーンの自動入札が総費用に与える影響は大きくなるため、「Google の推奨設定だから」と思考停止せず、自社の知名度をしっかりメリットに転嫁するための拡張CPC は有効だ。

ちなみに、「拡張CPC だとシグナルが減る!」「インテントマッチ以外だと追加シグナルガー」とシグナル厨が湧きやすいのがこの分野だが、そもそも自社ブランドのキーワードである以上、唯一最大のシグナルは検索クエリのはず。他はほとんど誤差だと言っても差し支えない。(もちろんブランド以外のキャンペーンであれば別ですが)

話が入札戦略からマッチタイプに逸れてしまうが、たとえば、インテントマッチにおける追加のシグナルはランディングページ品質や広告グループ内の他のキーワード、クエリパーシング(検索履歴)などがあるものの、それらは指名キャンペーンでは影響が少ないことが多い。

たしかにインテントマッチは追加のシグナルがありますが Google 広告 ヘルプ

そもそも指名ワードは広告ランクで他社を圧倒しやすくオークションで他社から頭2つくらい抜けていることがほとんどだし、広告グループを指名ワードの表記揺れ程度でまとめていれば「広告グループ内の他のキーワード」シグナルはほとんど影響がなく、クエリの幅も限定的になる。わざわざ関係の遠いインテントを取りに行くより、重要なクエリ群で入札を制御できた方が有利なのは自明だ。拡張CPC であっても予測CVR の恩恵は受けているわけなので不利な点も特にない。

上図にもあるように、品質が競合より大幅に高ければ、基本的に実際のCPC は下方圧力がかかる。だから品質に圧倒的な差がある場合は極端な入札にならない方がリスクヘッジとして正しい。

自動入札にしたことによって単価高騰のリスクが高まるほうがよほど運用上のリスクなのだ。そのリスクを減らし、予測CVR の恩恵を受けやすい拡張CPC こそ、指名キャンペーンにとっての「推奨設定」だったはずだ。

もっとも長く時間の経過に耐えた自動入札だから

拡張CPC は考慮するシグナルが限られているし、自動入札全盛の現代ではなんだか中途半端な存在に見えがちだ。実際にヘルプを読んでもそういう書きざまになっている。

拡張クリック単価は、個別クリック単価設定で使用できるスマート自動入札の一種であり、ブラウザ、地域、時間帯などのオークションごとのさまざまなシグナルを使用して、検索ごとの固有のコンテキストに合わせて入札単価を設定します。しかし、目標コンバージョン単価や目標広告費用対効果などのその他のスマート自動入札戦略と比較すると、コンテキストの範囲は限られます。

拡張クリック単価(eCPC)について – Google 広告 ヘルプ

太字は筆者による強調

こういった説明によって、ここ数年の拡張CPC は雑魚キャラ扱いされてきた。若い子に「拡張CPC って自動入札のベータ版的なやつですよね?」みたいなことを言われて老害おじの私はひっくり返りそうになったこともある。

歴史的にはむしろ逆である。拡張CPC は初登場が2010年8月なので、かなり古参の機能だといえる。当時は自動入札の本命として登場し、多くの広告主から疑いの目を向けられながらも、急速に広まっていった。

現在の自動入札の基本である「コンバージョン数の最大化」が登場したのは2017年なので、だいぶセンパイにあたる。

もちろん、拡張CPC が誕生する以前にも、現在の目標CPA の前身である「コンバージョンオプティマイザー(CO)」という入札戦略は存在した。ただ、この CO は設計も機械学習のレベルも今とはまったく違うシロモノだったので、実際の現場ではほとんど使われていなかった。※

※ その頃はまだ Google にいたのでこの機能について当時の PdM の反応を憶えているが、控えめに言うと「アカウントはちゃんと選んでね」という感じでした

そんなわけで、とにかく自動入札の初期はとても胸を張ってオススメできるレベルになかったので、入札をいきなりシステムに握らせるのは機能的にも現場的にもむずかしかった。そこで最初から全自動にするのではなく、既存の上限CPC に対してオークションごとの予測コンバージョン率に応じた入札の幅をもたせる設計を新たに採用した。これが現在の拡張CPC である。

当時はインプレッションの半分程度とか、振れ幅は上限CPC の +30% 程度とかいろいろあったが、これらは上限CPC の付近で平均CPC を何とか収めるためのおっかなびっくり仕様の残り香だと考えるとしっくりくる。(のちに、目標CPAのほうが優れているというプロパガンダにも使われた)

その後は機械学習が大きく発展し、自動入札が「コンバージョン数の最大化」をベースに精度を高めてくるにしたがって、拡張CPC にもマイナーチェンジが加えられながら現在に至っている。

こうして振り返ってみると、拡張CPC は 初登場の2010年から数えると実に14年という蛍雪に耐えたすばらしい入札戦略だと言えないだろうか。

Google広告の前身である AdWords が日本に上陸したのが2002年の夏なので、個別クリック単価がマーケットの大半を占めていたのは拡張CPC が登場するまでの約8年間(2002〜2010)。その後拡張CPC がほぼ世界中に広まったのが2012〜2013年ごろとしても、個別クリック単価が現役だったのは約10年といったところか。

拡張CPC の14年間の現役生活というのは、殿堂入りのレジェンドだといって差し支えないだろう。長いあいだ運用者に愛されてきた入札戦略だといえよう。

いいとこどりだから

では、なぜそんなに長いあいだ愛されてきたのだろうか。それは端的に言えば「いいとこどり」できるからである。

すごくどうでもいい個人的な好みだが、私はベン図の重なっているところが好きだ。好きな四字熟語は一石二鳥だし、ラーメンも餃子も食べたいので「餃子セット半ラーメン」がメニューにあれば炭水化物の摂りすぎだとわかっていても選んでしまう。

拡張CPC にはそういう「餃子セット半ラーメン」に似た趣(おもむき)がある。ある程度平均CPC を予測の範囲に収めておきたいけど、厳密に上限を制御したいわけではなく、コンバージョンを考慮して多少は変化をつけてほしい。そういうちょうどあいだの「いいとこどり」をしたいという欲求に、拡張CPC は実に見事に応えてくれる。

冷静と情熱のあいだ

少しでも良心のある運用者であれば、自動入札のキャンペーンで検索クエリレポートを見た際に、「何でほとんど同じクエリなのに、片方はクリック単価150円で、もう片方は1,800円なんだ…!?」みたいなことを思ったことがあるだろう。

あれは上述の式にあるように、予測CVR を理由に入札をシステムに任せた結果なのだが、仮にそれで見事にコンバージョンしたとしても、こういった疑念は拭えないだろう。

「そのクエリは、同じ CPC でも広告表示できたんじゃないか…?」

「本当にそこまで強烈に CPC を引き上げる必要はあったのか?」

もちろんシステム的には引き上げる必要があったんだろう。それが入札をシステムに委ねるということなのだし。

自動入札は予測CVR が上がれば上がるほど、入札時の上限CPC も連動して上がりやすくなる仕組みだ。実際の CPC はオークションプレッシャーに左右されるので毎回上下するものの、マクロ的な構造としては確実に上がりやすくなる。

学習によって効率が上がれば上がるほどクリック単価も連動して上がっていくというサイクルの中では、時間の経過とともに予算内で出せる限界インプレッション数が少なくなっていく。そして予算を引き上げる理由が生まれ、広告費には上昇圧力がかかる。

Tinuiti が四半期ごとに提出している定点観測レポート「Digital Ads Benchmark Report」の最新版(2024 Q2)によると、2024年第2四半期の Google検索広告への支出は前年同期比 14% 増となったが、要因を見てみるとほぼ CPC の上昇による増加だったそうだ。クリックの増加率はテキスト広告に限るとわずか 0.3%(全体では 3%)で、5四半期連続で鈍化している。

画像は Karooya より

Google の検索広告のクリック単価は2018年あたりから毎年大幅な上昇を継続していて、これは自動入札の全面的な採用とほぼ時期が一致している。

こうした調査結果を見てみても、Google は上限CPC によってある程度天井が見えている拡張CPC ではなく、予測CVR からガンガン入札を上げる(平均CPC を上げる)ことが可能な自動入札に切り替えていくインセンティブがあるのは間違いないだろう。もう真正面からはクリック数はそんなに伸びないからだ。

機械学習によってあらゆるインプレッションをマネタイズしていくためには、拡張CPC のような「いいとこどり」できる運用しやすい入札戦略はなるべく排除したかったのだと考えられる。

オルタナティヴを探して

はー。というわけで、それなりの字数を費やして拡張CPC を振り返ってみた。

振り返ってみると、ちょうど拡張CPC のサンセットが発表された日から数えて1年ちょっと前の2023年の8月に、私は X で以下のようなポストをしている。

天下の Google 先生をアホ呼ばわりして申し訳ないが、まあでも気分としては、広告プラットフォームとしての Google がより一層使いにくくなることは確かだ。ただでさえ CPC はコロナ前の2倍程度まで上昇していて(先述の Tinuiti の資料より類推)、さらにコストコントロールはどんどん難しくなる。

もちろん、拡張CPC がなくなっても個別クリック単価を使えばいい。それはわかっている。でもだったら CVR が高ければ CPC にも上昇圧力のかかる拡張CPC を継続したほうが Google的にもいいんじゃないか?

便利なものをわざわざ廃止するというのは、廃止によって CPC をさらに引き上げやすい自動入札に強引に誘導する意図があると言われても仕方ない。本音は個別クリック単価も辞めたいんだろう。

などといろいろ書いていたら、そろそろただの愚痴になりそうな気配がしてきた。。。このあたりにしておきます。拡張CPC はなくなる。その事実は変わらない。

今回の変更で、「これからの未来に単価がさらに高くなることがすでに約束されている広告プラットフォーム」を前にして、広告運用はどうやって切り盛りしていくべきだろうか。

改めて考える日々が待っている。