運用型広告は自動入札がデフォルトの時代になりましたので、筆者を含む広告運用老人会のみなさんが若かりし頃に研鑽を積んだビッドマネジメントという業務は、もはや過去の遺産(遺物?)となりつつあります。
ただ、業務としては遺物でも、なくなったわけではありません。この瞬間もビッドは毎秒何億回と行われています。入力のプロセスから人間が排除されようとしているだけで、入札によって表示可否や順位が決まり、単価などに影響していく仕組みは何も変わっておらず、むしろ自動化によって高度化・精緻化してさえいます。
言い方を換えれば、私たちは入札というコントロール権を徐々に失いつつあると言って差し支えないと思います。多くの広告主や代理店が気にかけている CPA という指標は「CPC ÷ CVR」という2つの要素のみの単純な数式で表すことができるのに、その要素の片方である CPC がもはや運用者の意思では動かしにくくなっているのです。これはたいへんだ!(このあたりは以前↓の記事にも書きました)
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最近はあまり言わなくなりましたが、「AI に仕事を奪われるのか?」みたいな命題は、人工知能に対する漠然とした不安から生まれたのではなく、管理画面上でできることが具体的に減らされている事実への率直な反応だったのではないか?と思うことがあります。職場で仕事を減らされたらリストラを疑っちゃうのと同じで。
自動化についての感想はさておき、CPC はコントロールできたほうがいいと個人的には考えています。
理由はシンプルで、「CPA = CPC ÷ CVR」という CPA の式は、仮に CVR が一定だったとすると、関連性やクリックの質を下げずに(つまり CVR を減じずに)CPC を下げることができれば、CPA は論理的に必ず下がるからです。CPA をクリアしているのであれば CPC を引き上げてオークション上の競争力を上げればいい。
こういうことを書くと「目的は CPA じゃないっ! そればっかり言ってるからネット広告は…」と上流工程側の方々からお叱りをうけそうですが、CPA が目的じゃない場合でも CPC は高いより低いほうがいいのは自明です。掲載面が SNS 等であれば、目立つ広告は大抵 CPC が低くなるでしょうし、クリックやタップできない広告なら私だって CPA の話はそもそもしません。
もとい、CPC そのものが KPI になることは現実にはあまりないです(し、そもそもすべきでないです)が、同じ予算なら CPC が低いほうが限界クリック数は増えますので、質が同じだと仮定すれば売上の機会も比例して増えるはずです。だから下げられる努力ができるのであれば下げたほうがいい。
予算と CPC、限界クリックの関係を図で表すとこんな感じになります。
クリックとCPCの関係
縦にクリック数、横に CPC を取った場合、予算は上記のような反比例のグラフになります。CPCが上がれば限界クリック数は減りますし(青の長方形)、CPC が下がれば増えます(緑の長方形)。
予算が無限にあればグラフの曲線がはるか右上に移動するので何も考えなくていいですが、現場では予算内でいかに効率よく成果を出すかを問われることがほとんどです。広告運用者は「予算の曲線に対して座標にどこにどう定めて長方形をつくるのか」を制御し、ときに説明することが求められます。自動入札だからわかりませんとは言えないのです。
ですので、機械学習やらシグナルやらの話を脇に置きますと、CPC のコントロール権は持っておいたほうがいいと思います。
もちろん、質的担保ができるという前提です。
運用型広告はオークションモデルという性質上、CPC と配信量がトレードオフの関係だと思われがちです。CPC を下げると表示機会や順位が下がり(減り)、逆に上げれば増える(上がる)と考えられています。
傾向としてはそのとおりなのですが、上記だと個別の広告の「品質」が無視されているので必ずしも常にそうなるとは限りません。キャンペーン内の設定や局地的なターゲットにおける競合状況次第では、品質によって得られる結果が変わります。
どういうことか。実際の CPC がどう算出されるかを単純化した以下の式を使って考えてみます。
実際のCPCの算出式(単純化しています)
実際の CPC を導き出す式では、分母に自分の広告品質、分子に競合企業の広告ランク(上限 CPC × 広告品質)を充てます。どちらにも品質が含まれていますので、品質同士で約分できますね。約分したあとの単位はクリック単価(日本なら円)になります。
赤い↑↓で表しているように、分母である自分の品質が相対的に高ければ高いほど、割り算の商、つまり実際の CPC は低くなりやすいです。逆に、自分の品質が低ければ(上限 CPC のおかげで何とか広告が出ているのであれば) 実際の CPC は高くなりやすいということでもあります。
平均 CPC を下げたいと考えたとき、広告運用者は真っ先に上限 CPC を下げることが多いと思いますが、上限 CPC は広告ランクに作用するので、掲載可否や順位の説明変数ではあるものの、実際の CPC にとっては間接的な要素でしかありません。直接の要素は競合状況と自分の広告の品質です。
そのため、平均 CPC に下方圧力をかけたい局面では、実際のオペレーションが「上限 CPC を下げる」ことだったとしても、その実現性や有効性を計るために自社の品質と競合状況を考慮する必要があります。
じゃあその品質っていったいなんやねんということですが、この定義はプラットフォームによって違うものの、Google の説明が端的かつふんわりしていて丁度いい内容なので引用してみます。
広告の品質は、検索内容に対する広告文の関連性、ユーザーが広告をクリックする可能性の高さ、ランディング ページへ進んだユーザーに提供されるエクスペリエンスの質など、複数の要素によって決まります。
https://support.google.com/google-ads/answer/156066?hl=ja
いろいろあるよ、とは言ってますが、ざっくり3つにまとめると「広告の関連性」「推定クリック率」「リンク先の品質」で決まると書いてあります。
配信面がよっぽどひどい場合を除けば、クリック率は「ユーザーが “その先を知りたい” と思って行動に移したかどうか」の結果です。クリック数が増えれば増えるほど推定の確からしさは増していきますので、広告の品質はつまり「推定クリック率の近似値」になっていくと言えそうです。
運用型広告は、品質が高い、つまりユーザーがアクションする可能性が高い広告であればあるほど、廉価に集客しやすいモデルとして設計されています。「いい広告をつくる」というインセンティブがはじめからシステムに組み込まれているのです。
CPC を下げるために推定 CTR を気にする必要があるのは、このような理由からです。
ちなみに、平均 CPC を下げるのに推定 CTR が有効なのは、上限 CPC で運用している手動入札に限った話です。
目標 CPA などの自動入札だと、推定 CVR に対して目標 CPA にミートするように内部で動的に入札が働きますので、CVR が高ければシステムが自動的にがんばって入札しに行ってしまいます。推定クリック率が高くても実際の CPC には反映されにくいのでご注意ください。
逆に、クリック率が低すぎると必要とされる CPC が高くなりすぎて目標 CPA に届かなくなるので、ジレンマに陥って表示回数自体が制限されたりします。自動入札が難しいのは、こういう現象がエンドユーザー側で直感的に把握しにくい(ある程度知っていないと何が起こっているのか理解しにくい)というところかもしれません。
前提となる仕組みがややこしいので、インプットを単純化しようとするとアウトプットがわかりにくくなってしまう。このわかりにくさとどう向き合っていくかがこれからの広告運用者に問われるのかなと思っています。