ショート動画がすごい
YouTube のショート動画は 1 日あたり平均 700 億回以上(!)視聴されているらしい。すごすぎる。
ショートは従来の動画と比べると(その名のとおり)視聴あたりの時間はとても短いし、スワイプすれば次の動画にすぐに移れるお手軽なフォーマットゆえに再生が伸びやすいという側面はある。けれど、登場からわずか 3年でこの規模はすごすぎる(語彙)。
ここまでになると、従来型の動画フォーマットに代わってショート動画が YouTube エコシステムの中心になりつつあると言っても大げさではないだろう。
最近はスマホだけでなくテレビ画面でショート動画を見るという習慣もだいぶ定着してきている。2023年1月から9月にかけてのわずか 3四半期でテレビでのショート視聴は 2倍(+100%)に増えたというリリースにもあるとおり、視聴態度の常識も急速に移行しつつあるのかもしれない。
Globally, views of YouTube Shorts on connected TVs have grown by more than 100% from January to September 2023. To help brands more easily reach their audience wherever they are watching Shorts, we’re launching Shorts ads globally on CTVs → https://t.co/raWNGCCZsM pic.twitter.com/50FqeLDIWe
— Google Ads (@GoogleAds) December 21, 2023
課題のマネタイズ
こうなる未来を見越してか、YouTube は以前からショート動画のマネタイズに躍起だった。
なぜ躍起だったかというと、ショートは従来の動画と違って強制視聴に馴染まないフォーマットなので(だからユーザーの支持を得ているわけだが)、YouTube が得意とするテレビCM 的な強制視聴の広告フォーマットと同じような単価にはならないからだ。開始数秒で「つまらない」と判断されたらすぐにスワイプされてしまうし、長尺の広告は入る余地がない。
それゆえ、ショート動画はクリエイター側のレベニューシェアも 45% と低く設定されている(通常は 55%)。この比率の差からも、ショート動画の単位視聴あたりの収益性(RPM)がこれまでよりも低いことは想像に難くない。ショートが伸びれば伸びるほど、YouTube の利益率は下がりやすくなってしまう構造があるのだ。
もちろん RPM が低くても量が伸びればいいわけだが、ショートが主流になってくると売上の伸びしろはこれまでより減ってきてしまう。だから何とかして単価は引き上げないといけないということで、Google はこの 2年ほど、ショート動画の広告メニューを精力的に開発してきた。
そして、2024年のホリデーシーズンも差し迫った11月に、新たな機能を発表している。
ショート動画とマーチャントセンターの接続
2024年11月13日に発表された機能は(事前に予告されていたものも含めて)以下のようなものだ。
- ショート動画ステッカー
- 動画の購入コントロール
- ショート動画オーディエンスの拡張
- クリエーター提携ツール
- デマンドジェンのアニメーション画像
- ショート動画の効果測定
※↑上記はいずれも筆者の適当な翻訳なので、名称が付く機能の正式名はそのうち出ると思います
それぞれを見てみるとどれも面白い機能なのだが、ぜんぶ挙げているとたいへんなので、この記事では「ショート動画ステッカー」と「デマンドジェンのアニメーション画像」の 2つに注目してみたいと思う。
どちらも、ショート動画のマネタイズという見方だけでなく、ここ最近停滞気味だった Google Merchant Center(以下:マーチャントセンター)の新たな出口戦略という捉え方もできるからだ。
商品データベースであるマーチャントセンターは、その性質として接続先が多ければ多いほど利用価値が高まりやすい。メーカーや小売店側からすると、その先の展開が多ければ多いほど、コストや手間をかけてわざわざデータを格納するインセンティブが増す。
だからこれは、ショート動画の拡張を発表するリリースであると同時に、マーチャントセンター自体を拡大するリリースでもあると思うのだ。
というわけで、2つの機能を順に紹介していきたい。
ショート動画ステッカー
まず、ショート動画広告のステッカー機能について。
これはマーチャントセンター内の情報(商品フィード)から画像ポップアップが生成され、タップすると商品のカルーセル広告が表示されるようなフォーマットになっている。「ショート動画ステッカー広告」とでも呼べそうな機能だ。
文章では伝わりにくいと思うので、以下のデモ動画をご覧くださいませ。(再生しない場合はタップ/クリックするとはじまります)
現在は TikTok や Instagram などのソーシャルメディアでショッピング広告を行うことは珍しくないが、おそらく一番最初に行われたのは、動画アクションキャンペーンに商品フィードを紐づける動画ショッピング広告だと思う。(もちろん”案件” 的なインフルンサーはその以前から存在していますが)
だから、ショート動画全盛の現在にショッピング広告フォーマットを改めて用意するのは、YouTube としては正しい TikTok・Instagram 対抗策というか、一周回ってバック・トゥー・ザ・ベーシック。基本に回帰したと言っていいだろう。
動画フォーマットそのものをいじるのではなく、すでにある豊富なデータ同士(商品データ×ショート動画)を接続させ、商品フィードをショートのオーバーレイとして共存させるというやり方は、ある意味でとても Google らしいアプローチだと思う。
ショート動画向けの広告フォーマットを新たに開発したというより、ショッピングレイヤーをショート動画に重ねるイメージのほうが近い。
これは、マネタイズが喫緊の課題だった YouTube にとって無理のない打ち出しに見える。ショート動画ステッカー広告は 2024年末までにグローバル展開されるらしいので、ホリデーシーズンに間に合ったといえるかどうかは微妙なところではあるものの、中長期的に見てショート動画の RPM とマーチャントセンターの活性化の両方に寄与する施策ではないだろうか。
デマンドジェンのアニメーション画像広告
続いてデマンドジェネレーション(以下:デマンドジェン)のアニメーション画像広告について。
ご存知のとおりデマンドジェンの主な配信先は YouTube なので、デマンドジェンを強化するということは、ニアリーイコール YouTube を強化することでもある。
マーチャントセンターとデマンドジェンとを接続すると、以下のデモのようなアニメーション広告を生成し、YouTube や ディスカバリーフォーマットで配信できるようになるらしい。(タップ/クリックで再生します)
Google のショッピング広告にとって最重要のターゲットは動画ではなく検索である。それは今後もしばらく変わらないだろう。
一方で、ユーザーが検索していないときでも、そのユーザーの傾向に合わせて YouTube や Google ディスカバリー面でプッシュ通知のように商品広告を表示していくことは、いわゆるマイクロモーメントを獲得することにつながる。検索に先んじて需要を喚起したり、需要が起こる瞬間にその場に居ることができるのはフィード型広告の強みだ。
デマンドジェン向けのアニメーション画像広告は Google が出してきたこれまでのショッピング広告フォーマットよりもインテントとしては薄いかもしれないが、YouTube を中心とした幅広いモバイル配信面に商品データをつうじて動的なフォーマットで手軽に掲出できる。なにしろ動画を新たに作る必要がないのだ。
現在は P-MAX に吸収されてしまったが、以前存在した動的リターゲティングやスマートショッピング広告が、主戦場を GDN から YouTube に移してリバイバルしたものだと捉えるとよいかもしれない。(だから老害フィードおじさんとしては胸熱なのである)
上掲のデモ動画もスマートフォンでの縦長動画を前提としたフォーマットなので、やはりショート動画のマネタイズの一環だと捉えて差し支えないと思う。それを支えるのがマーチャントセンターというわけだ。
動画広告に強制視聴はいらない
ここからは余談。
かつて、TikTok は「Revisiting the Inner Workings of Digital Video」という資料の中で、以下のように言っている。
Powerful impact can be achieved in less time by giving viewers autonomy over their experience, making them more likely to engage and connect with content.
視聴者に自分の体験を選択する自由を与えることで、より短時間で大きなインパクトを生み出すことができ、それによって視聴者はコンテンツに対して積極的に関与し、つながりを感じやすくなります。
この主張は、とにかくたくさんリーチして強制視聴させないといけないという、動画プラットフォーム登場以来の「動画広告」の常識に対するアンチテーゼとして書かれている。
これまでの動画広告はとにもかくにも見せないことには始まらないし、広告主もそれを求めていた。そういった常識がユーザーの体験と企業側の狙いとの間に大きなギャップ生んでいたと言ってもいいと思う。
TikTok はいくつかの政治的な問題を抱えつつも、ユーザーの強い支持を受けてスピーディにシェアを拡大して現在に至る。そんな彼らの広告フォーマットは今だに強制視聴ではなく任意視聴が中心だ。
今回のリリースを含めた YouTube のショート動画広告の開発は、ある意味でとても TikTok 的である。これは強制視聴から任意視聴へと広告のメインストリームが入れ替わることを示唆してはいないだろうか。
以前、上記の TikTok にかんする記事で、Google の有名な「10の事実」について触れた。
Google の有名な「10の事実」の中に個人的に好きなセンテンスがある。
” Google は、広告というものはユーザーが必要としている情報と関連性がある場合にのみ役立つと考えています。(we firmly believe that ads can provide useful information if, and only if, they are relevant to what you wish to find) “
要するに、広告は情報になったときに初めて機能するということだ。
TikTok が動画広告でやろうとしていることは、ある意味でとても Google らしいのかもしれない。状況はなんだか皮肉ではあるけれど、この動きに引っ張られて YouTube の広告体験も変わっていけばうれしい。
今は、最後の一文に記した淡い希望が叶う可能性を、少しだけ感じている。
視聴を強制できないとすれば、あとは動画広告そのものを面白くするか、広告自体を動画のインタラクションに組み込むしかないと思う。前者にチャレンジしたのが TikTok で、後者からアプローチしようとしているのが YouTube だと整理できるかもしれない。
お互いがお互いのやり方を侵食してきて、区別がつかなくなる時がいつかくるのだろうか。その時にショッピングはどれだけの影響を、どんな役割を広告にもたらしているのだろうか。