世界的な SNS の多くが 2020年代以降に新たに検索サービスを発表しており、その多くが2023年に入ってから本格化しています。
以下にいくつかの例を挙げます。
1. Twitterのキーワード広告
Twitter は2023年の1月に検索連動型広告「Twitter キーワード広告」のオープンベータを発表しました。検索面に対しての広告配信は以前からありましたが、キーワード(検索クエリ)でターゲティングできる広告はこれが初めてです。既に発表されてからしばらく経っていますが、評判もよさそうです。
2. TikTok
TikTok は2023年6月にビジュアル検索ツールをテストしていると報道されました。ユーザーが撮影した写真にもとづいて TikTok Shopと連動した在庫検索が可能になる機能です。Instagram や Pinterest も同様のサービスを2021年に発表していますし、既に Googleレンズでも使える機能なので目新しさはないですが、TikTok だからこそハマるカテゴリがあるかもしれません。
3. Reddit
Reddit は2023年6月にキーワードターゲティング広告とプロダクト広告を発表しています。検索キーワードに関連するディスカッションに対して広告が表示できるようになるほか、Google のショッピング広告(≒ Google マーチャントセンター)の内容をインポートすることで、テーマや議論に関連した商品広告を配信できるようになるとのこと。検索と EC を同時に攻めてきました。
4. Shopify
Shopify は2023年2月にアプリストア検索を改善したと発表しています。Shopify は EC プラットフォームなのでもともとサイト内検索の提供者側ですが、上記の対象はマーチャントが自社ECにインストールするアプリのマーケットプレイス(アプリストア)内の検索です。アプリの検索アルゴリズムを改良しただけでなく、アプリ広告の関連性の評価も更新しているとのこと。
その他
上記以外でも、Instagram や TikTok は検索面を対象にした広告のテストをそれぞれ続けています。(ただし今のところ Facebook と同様にターゲティングではなく「プレースメントとしての検索結果面」になりそう)
配信面が検索結果であることと、キーワードでターゲティングできること(配信面は検索結果)とでは RPM に天と地ほどの差があることは以前の記事でも書きましたが、そのことに気づいているプレイヤーがぞくぞくと検索広告の開発に投資してきている印象です。
この式にあてはめてみると、この「表示回数が10,000回、クリック数が500回で、費用が50,000円の広告」の RPM は ( 50,000円 / 10,000回 )*1000回 = 5,000円 となります。5,000円!
ちなみにクリック単価が 2倍の 200円に上がれば RPM は 10,000円です。10,000円!?
金融や人材、美容や健康食品などの高単価な分野ですと1クリックあたり数百円以上払うことはザラですので、つまり多くの分野で 数万円する RPM の広告で溢れかえっているのが検索連動型広告だといえます。
検索結果のRPMは高いのだと、Twitterのキーワードターゲティング(の発表)が証明している
どのプラットフォームもインフィード広告や動画広告の開発が一巡してきた現在、次なるインベントリ開発として「検索」という古くて新しいフォーマットへ回帰する流れが来ているように感じます。
(もちろん、Pinterest のように高い関連性がありながらオークションプレッシャーが低いがために Amazon と提携して広告のバックフィルを模索するといった例もあり、検索だからといって一概にすべて成功するというわけではありませんが)
SNS のビジネスモデルの多くは広告であるため、インプレッションをいかに売り上げに転換するか(≒ RPM を高めるか)という観点でビジネスが設計されています。その意味で、規模が大きくなるにつれ膨れ上がる内部の検索をマネタイズするために検索広告に投資するのは理にかなっています。
翻って、ECサイトではどうでしょうか。
昨今は ECサイトのメディア化が進み、物販以外の収益化の観点から(狭義の)リテールメディアが注目を浴びることも多くなっています。規模が大きくなった ECサイトをリテールメディアとして収益化するということは、物販の世界に SNS と同じビジネスモデルを組み込むことと同義です。つまり RPM で ECサイトを捉えるということになります。
とはいえ、通常のEコマースは商品の売上から売上原価や販管費を引いた営業利益をどう捻出するか、というビジネスです。ECサイトは売上を連れてくる営業マンであり、店舗を維持するための経費でもある、という捉え方になることが多いような気がします。この認識の中でECサイトのインプレッション価値(RPM)を高めるという視点は直感的でなく、なかなかむずかしいのでないかと思います。
もし収益を生むメディアとしてECサイトを捉えると、ECサイトは売り場であると同時に SNS のような広告モデルと同様、インプレッションの価値を上げる対象になりえます。売上をインプレッションで割ると平均インプレッション単価になりますので、売上をつくる方法が物販だけにとどまらず、広告やデータでもマネタイズができるとなれば、
「在庫や取扱がない検索クエリがあったときに何を表示させるのか?」
「売上の期待値(予測CVR)が低いインプレッションに対してどんな広告(自社広やオフサイト)を表示するといいのか?」
「サイト内で使われている語彙と違う検索クエリだったときにどんな結果を返すのか? 」
…というケース別に考えていくことで、RPM を引き上げるために検索が果たす役割が見えてくるはずです。
そんなECサイト内検索は、当たり前ですが多くの企業が注目しています。検索の王者である Google も例外ではありません。
2021年11月 に Google が Harris Poll に依頼して調査した資料によると、米国だけでも、オンライン小売業者はオンライン検索の質の悪さによって3,000 億ドルの 損失を被っているとのこと。いわゆる検索放棄と呼ばれる行動によって、たくさんのECサイトが機会損失しているようです。(だから Google の Retail Search を使ってね!という論法ですね)
調査にあるとおり、「期待した結果が出ない」や「使い勝手が悪い」という検索体験になると購入の取り止めや他社での購入のみならず、ロイヤリティが下がり、再訪問してもらえない可能性が高まります。これは体感としても分かります。
米国の消費者の 77% は検索しづらかったウェブサイトには再訪問しません。米国の消費者の 77% はウェブサイトで商品を検索しても見つからないと、ブランドの評価が変わります。また、75% はウェブサイトで欲しい商品が見つけにくい場合、ブランドのロイヤリティが低下すると答えています。74% は、企業が自社ウェブサイトの改善に投資しないのなら、買い物はしたくないと回答しています。
https://cloud.google.com/blog/ja/topics/retail/search-abandonment-impacts-retail-sales-brand-loyalty?hl=ja
逆に、検索体験が良かった場合、コンバージョンの増加、ロイヤリティの継続につながりやすくなります。このあたりは 日本でも WACUL さんなどが似たような調査をしています。
消費者の 69% は検索で商品が見つかると別の商品も購入すると答えており、ほぼすべての消費者(99%)は検索機能が優れていれば、小売ウェブサイトに再訪問する可能性がある程度あると回答しています。
https://cloud.google.com/blog/ja/topics/retail/search-abandonment-impacts-retail-sales-brand-loyalty?hl=ja
検索体験は、良ければロイヤリティが上がり、悪いと下がる。諸刃の剣のようなものかもしれません。商品点数が多いほどその影響が大きい分野でもありますので、ECが成長すればするほど、前景化しやすい課題だと言えます。
検索の使いづらさは目に見えにくいため、実際に検索している人以外にはどう使いづらいのかが分かりにくいものです。(だから重要なのに改善が進みにくいのかもしれません)
Baymard Institute の調査では、ECサイト内検索の検索クエリには以下の8つの分類があり、それぞれのクエリ分類に対して多くのECサイト内検索が対応できていない様子が示されています。
- “Exact” search queries (42% of sites have issues)
- “Product Type” search queries (71% of sites have issues)
- “Symptom” search queries (52% of sites have issues)
- “Non-Product” search queries (39% of sites have issues)
- “Feature” search queries (22% of sites have issues)
- “Thematic” search queries (36% of sites have issues)
- “Compatibility” search queries (30% of sites have issues)
- “Slang, Abbreviation, and Symbol” search queries (49% of sites have issues)
Deconstructing E-Commerce Search UX: The 8 Most Common Search Query Types (42% of Sites Have Issues) – Articles – Baymard Institute
- 「完全一致」クエリ (全ECサイトの 42% に問題あり)
- 「製品タイプ」クエリ ( 〃 の 71% に問題あり)
- 「症状」にかんするクエリ ( 〃 の 52% に問題あり)
- 「製品以外」のクエリ ( 〃 の 39% に問題あり)
- 「機能」にかんするクエリ ( 〃 の 22% に問題あり)
- 「テーマ別」クエリ ( 〃 の 36% に問題あり)
- 「互換性」クエリ ( 〃 の 30% に問題あり)
- 「スラング、略語、記号」のクエリ ( 〃 の 49% に問題あり)
8つの分類それぞれのコメントは避けますが、一つだけ挙げるとすれば 2.「製品タイプ」のクエリにかんしては問題の大きさに同意しますし、根深い問題でもあるなと思います。
ECサイトの製品タイプ(アパレルでいえば「カットソー」「シャツ」「パンツ」のようなジャンル)は分類を細かくしすぎると該当の在庫が少なくなり、大雑把にすると分類の意味をなさないという、扱いのむずかしい対象の代表例です。
そして、ジャンルの名称は類義語・同義語の宝庫でもあります。検索側でそれらがカバーされていないことによって機会損失を増やしているサイトは実に全体の 71% にのぼるようです。
個人的にも、アパレルや雑貨を探すときにカテゴリ名の問題に突き当たることが多いので、この問題はよくわかります。機会損失の大きさはユーザーのストレスの大きさでもありますね。
Google の Retail Search などはこのあたりを AI でうまく補完していくことを謳っていますが、昨今の AI 技術の発展で他のサイト内検索サービスも質が上がっていくことが期待できますし、そのままレコメンドの精度向上にも繋がっていってほしいです。
検索結果のみならず、検索窓の表示の仕方や位置も大事だと言われています。検索エンジンの質がすぐに変えられなかったとしても、レイアウトの変更だけでも効果があるパターンもありそうです。
上述の Baymard Institute でも、検索傾向は「検索窓の位置」「コントラスト」「サイズ」に影響されるという調査結果を出しています。
There are three main factors that you can tweak to adjust this dynamic while still retaining a unique search field design. They are: field position, contrast, and size. These factors can be manipulated to nudge users towards either search or category browsing. Search is typically preferred when users generally know the exact item they are looking for, while category browsing tends to be preferred when most users only know the type of product they are looking for.
独自の検索フィールドの設計を維持しながら、このダイナミックさの調整のために手を加えることができる主な要素が 3 つあります。フィールドの位置、コントラスト、サイズです。これらの要素を操作して、ユーザーを検索またはカテゴリの閲覧に誘導することができます。通常、ユーザーが探している商品を正確に知っている場合は検索が好まれ、探している商品の種類しか知らない場合はカテゴリの閲覧が好まれる傾向があります。
https://baymard.com/blog/search-field-design
最善のパターンを提示しないのは、適切な位置やレイアウトは EC のタイプによって違うからだと思います。単品通販であれば検索を目立たせる意味は少ないですし、多品目の小売であればレビューサイトからのコピー&ペーストに向けた検索窓の適切な位置や精度が求められそうです。
他にも、オートコンプリートの表示方法や、検索結果ページのレイアウト、結果が少ない(あるいはゼロ)の場合の表示内容など、検索の配置・精度と RPM との関係は変数がたくさんあり、奥が深い議題だと言えます。
検索クエリは EC サイト内に点数が多ければ多いほど多様性が出ますし、多様であればあるほど検索精度が RPM に与える影響は大きくなっていきます。
それは、逆に言えば規模が小さいときに投資してもインパクトが少ないことから初期に手をつけられず、いざ課題化したときには機会損失がだいぶ大きくなっているというサイト内検索特有の問題の根深さでもあります。
SNS の検索サービスが活況を呈していることと、ECサイトがメディア化していく流れは根っこが同じであるような気がしています。その根っこを端的に表すのが RPM だとすると、リテールメディアの議論をつうじてサイト内検索の重要性が再評価されていくのではないかと期待しています。それはひいては消費者の体験価値向上にもつながっていくはずです。
そして、 RPM という指標でまとめられるようになると、ECサイトと SNS とのビジネスモデルの差は徐々に薄まっていくのではないかとも思います。そんなわけで、SNS も EC も、検索サービスには引き続き注目していきます!