「コマース広告の現在」を読む:

「リテールメディア」と「コマースメディア」

Amazonの広告事業の驚異的な成長や、ウォルマートやターゲットなどの大規模な事例も相まって、ここ数年のリテールメディアの注目度は目を見張るものがある。

IAB が毎年出しているレポート「Internet Ad Revenue Report」でも、リテールメディアは「プログラマティック広告」や「ソーシャルメディア」と並ぶ最上位セグメントにまで出世していて、すでにひとつのジャンルとして確立されている。

「リテール」は直訳すると「小売」なので、リテールメディアは「小売に特化したメディア」ということになるが、ここ数年はあらゆる場をメディア化して広告ネットワークにしていくぜ!という動きが活発になっていて、それらは必ずしも小売のメディアだけとは限らない。

旅行や金融、クラシファイドなどの分野はもともと物販と相性がいいこともあり、大手企業を中心にリテールメディアへの参入が加速してきている。

旅行業界であれば、以前からマイルでショッピングができたり、空を飛んでいるあいだに免税品が購入できたりしていたし、空港や駅のおみやげコーナーは物産界では第一級の棚である。もともと相性がバッチリなのだ。リテールメディアという言葉が生まれる前から本業を拡張するものとして、あるいはサービスの一環としてリテールは機能してきた。

同様に、銀行などの金融機関も決済データや与信データを軸に、どしどし参入の意向を強めている。

以前はこんな記事も書きました。

なぜこんなにもリテールメディアが熱を帯びているかというと、(さまざま複合的な理由があると前置きしたうえで)やはりファーストパーティデータをめぐる環境変化は大きな引き金の一つだと思う。

これまでも顧客データや取引データの活用の話はあったはずだが、インターネット側の法規制や技術的な変化によって相対的にデータ側の価値が上がり、使いやすくなる土壌ができてきたのである。

インターネットは肥大化と同時に大手プラットフォームによる大規模なサイロ化(Walled-gardened)が進行しているので、使いみちの少ない壁の外側に位置するサードパーティデータの価値は相対的に下がっている。

そこにプライバシー問題による法規制や Apple による自主規制などが入ったことで、相対的に自社しか持ちえない顧客データや決済データという自国通貨の価値が急騰することになった。

これは為替差異に観光が影響する的なメカニズムと似ていて、「だったら売買するより運用したほうが儲かるのでは!? どうせ規制が強くてデータそのものは取引しにくいわけだし〜」ということになったのではないだろうか。(かなり雑なまとめですが)

そんなこんなで、ここ数年でリテールメディアは外部からの参入が一気に加速した。あまりに参入が多いので、以前からある Amazon やウォルマート、店舗メディアといった純度の高いリテールメディアとそれらを区別するために新しい語彙が必要になり、「コマースメディア」という言葉が生まれている。※ちなみに日本には同名のEC支援の会社(いい会社です)があるので、カタカナだとだいぶややこしい

「リテールメディア」と「コマースメディア」の違いは、すでに他の記事やサイトで説明されているのでここでは説明しないが、要するに小売に特化したのがリテールメディアで、それ以外の業種でファーストパーティデータを活用した広告ネットワークがコマースメディアだと覚えておけばよいと思う。

CRITEO の記事や Web担に連載中のアタラ杉原さんの記事が参考になるので、ここでは Web担のそれを引用させていただく。

参考:コマースメディアとリテールメディアの違いは? 広告の最新トレンドを押さえよう | 杉原剛のデジタル・パースペクティブ

「コマース広告」について

そこで、この記事の本題の「コマース広告」である。

mrge が出している「State-of-commerce-ads(コマース広告の現在)」というレポートによると、「コマース広告」は以下のような定義になっている。(日本語訳および強調は筆者による)

Commerce Advertising is an approach to online advertising that combines the strengths of performance marketing, commerce content, and affiliate marketing: Contextual advertising along the customer journey helps users make better purchase decisions, opens up diversified monetization channels for publishers, and enables advertisers to maximize performance by accessing purchase-critical touchpoints.

コマース広告は、パフォーマンスマーケティング、コマースコンテンツ、アフィリエイトマーケティングの長所を組み合わせたオンライン広告の一つのアプローチです:カスタマージャーニーに沿って文脈に連動した広告は、ユーザーがより適切に購入の意思決定ができるよう支援するほか、パブリッシャーに多様な収益化チャネルを提供し、購入のタッチポイントを増やして広告主のパフォーマンスを最大化します。)

「リテールメディア」や「コマースメディア」という言葉がメディアや広告ネットワークを物販というアプローチで再解釈したものだとしたら、物販をデマンドサイド(広告主側)から眺めたときの有料アプローチの総称が「コマース広告」だといえるのだろう。

「コマースメディア」が小売にかぎらない様々な業種の広告ネットワークであるのと同様に、「コマース広告」も「リテールメディア」を利用する広告配信だけとは限らず、コマースにまつわるさまざまな広告手法を包括的に表現する言葉になっている。

上記は「2024年上半期に最も売上に貢献したメディア種別は?」という問いへの回答を示したチャートだが、その選択肢だけを見ても多岐にわたっている。

  • クーポンページ
  • インフルエンサー(Instagram、TikTok、YouTubeなど)
  • キャッシュバックサイト
  • ロイヤルティプログラム
  • 小規模コンテンツ(ブログなど)
  • 大規模コンテンツ(大手メディア)
  • 検索と商品リスト
  • 後払い事業者
  • 比較サイト
  • その他

選択肢がそのまま「コマース広告」の主だった手法になっている。こう見るとたくさんありますね。

回答の傾向を見るかぎり、クーポンやキャッシュバック、ロイヤルティプログラムなどの消費者側にメリットが大きい施策は常に重要度が高く、インフルエンサー対策や検索連動、後払い(BNPL)などはアンケートの母集団が何を得意としているかによってバラツキがありそうだ。

大小にかかわらずコンテンツの重要度が常に高いのも、昨今の傾向を反映している。

Google の影響の大きさ

このレポートにはたくさんの項目があるのだが、「コマース広告」の主要な要素であるインフルエンサー、コンテンツ、検索などに注目してみると、あらゆるところに Google が影響しているのがわかる。

昨今はプライバシー問題や MFA などのネガティブな話題で取り上げられることが多い Google だが、決算は相変わらず絶好調だし、印象として目立たないだけで、コマースにおける存在感は引き続き大きい。

「コマース広告」の主要なトレンドは?という設問の回答

上記の結果でも、最も注目に値するものとして Google のアップデートが挙げられているし、その他の「AIや機械学習」「ブランドセーフティ」「インフルエンサー広告」「プライバシー(サードパーティクッキー)」「コネクテッドTV」なども よく考えると Google が主導権を握っている(あるいは問題となっている)項目だ。

このトレンドは、アンケート回答者が持つ以下の課題感とほぼ直結していて、Google がコマースの分野に与える影響度の高さがうかがえる。

2024年後半の「コマース広告」における最大の課題は?という設問の回答

  • 消費者と広告主の信頼の喪失、それに伴う透明性の必要性
  • プライバシーとデータ保護に準拠した広告に対する要件の強化
  • 広告のトラッキングとアトリビューション
  • マクロ経済の状況と、それに伴った予算削減
  • GoogleのアップデートやAIなどの技術の変化

それぞれの課題は項目として独立しているものの、各々に強い連関がある。

たとえば Google 検索に大きなアップデートがあればコンテンツの評価はガラリと変わってしまうし、トラフィックも一夜にして伸びたり消えたりする。多くの AI プロバイダが検索を代替してやろうと画策しているし、Google 自身も AI Overview などで(中途半端ではあるが)自己改革をしようと試みている。トラッキングやアトリビューション評価も、引き続き Google が主役になるだろう。

結果的に、この先においても Google が自社の戦略上重要な位置を占めると考えるコマース従事者は 86.1% にのぼっている。

「より重要」が25.0%、「同様に重要」が61.1%

結局のところ、Google がこれだけ文句を言われているのは、誰にとっても Google の依存度が高いからだ。彼らの方針がそのまま自社の戦略上の重要な要素に横断的に影響を与えるため、好き嫌いにかかわらず無視するわけにはいかない。

もちろん、Google はあらゆる分野に影響を与えるのでコマースだけが問題なわけではないのだが、小売は他のセクターと比較してもっとも大きく、かつ成長率が高いので、相対的に他業種よりも強い影響があるといえるのではないだろうか。

このレポートには他にもいくつかの発見があるのだけど、長くなってしまうので残りは↑ mrge のサイトでご確認いただけたらと思う。サッと読めて、しかも PDF じゃなくて URL なのが共有しやすくていいですね。