「卸売」という伝統的な流通業を goooods はどのようにアップデートするのか? 代表の菅野さんに根掘り葉掘り聞いてみた

 

次世代B2Bコマースプラットフォーム「goooods」を開発・運営する goooods 株式会社は、小売店とメーカー・ブランドの間をつなぐ卸売業のオンライン化を通じて流通業をアップデートするべく日々プロダクトを進化させている注目のスタートアップです。

LIFTは、2022年より同社のデジタルマーケティングを通じた集客施策を支援しています。こちら↓でも企業事例として紹介しております。

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事例として記事化するために goooods 代表の菅野さんへインタビューしたのが2023年3月上旬。当日の会話は短い時間ながら「動画広告の歴史」「アントレプレナーとしてのキャリア」「流通業の課題」「情報の構造化」などの多岐にわたり、単なる事例で終わらすには惜しい、さまざまな視点から語れる珍しいテキストになる可能性を感じました。手前味噌ですが「これはおもしろい」と。

というわけで、菅野さんにご了承いただき、事例とは別の独立した記事としてしたためました。これから起業される方や、ご自身のキャリアについて考えている若い方にとって何かのヒントになればうれしいです。

※本記事はとっても長いのでお時間あるときにゆっくりお読みください!

goooods 株式会社
代表取締役 CEO 菅野圭介 さま
https://about.goooods.com/

インタビュアー
LIFT合同会社
代表 岡田吉弘


経験の深度は時間の長さに比例しない

岡田:LIFT で goooods のデジタルマーケティングをお手伝いしていますが、きっかけを振り返ってみると、Google 時代に菅野さんと私が一緒に働いていたころまで遡ることができるのかなと思います。そして、菅野さんが起業に至るきっかけもまた、変化が大きいタイミングで Google に身を置いていたことが影響しているのではないかと思いました。

菅野:そうですね。私が 2008年に Google の日本法人に新卒で入社して、そのときに研修でトレーナーとして面倒を見ていただいたのが岡田さんでした。

 

goooods 菅野さん

岡田:あれからもう15年か。そう考えると不思議な縁ですよね。2008年ということは、当時の Google は検索連動型広告がメインで、YouTube を買収して少し経った頃。あのときの新卒のみんなは全員キラキラしてました。

菅野:本人にそういう自覚はないですが(笑)。私は Google を退社した後に動画のアドテクノロジー分野で起業することになりますが、基本となる姿勢というか、視座を学んだのが新卒で入った Google だったと考えています。ただ、広告運用に求められる特性と、自分の強みは異なっていたと、今振り返ってみると思います。なので決して出来のよい新卒ではなかったというのが自己評価です。

岡田:うーん、そんなことはまったくなかったと思います。ただ、当時から菅野さんの興味関心は何となく別のところにあるんだろうなとは思ってました。

菅野:あの頃は明確に何かを目指していたわけではなく、模索していたという感じでした。だからこそ、AdWords Editor(現:Google Ads Editor)の機能もそれほど充実していないような頃に、直接自分たちでアカウントを触りながら運用やマネジメントを行い、営業として広告主に提案していく現場をキャリアの初期に経験したのは、今振り返っても重要だったと考えています。

Google では計3回、職種転換をしたのですが、転機としてひとつ取り上げるとすれば、Google がスマートフォン向けの動画アドネットワーク「AdMob」を買収した際に、その事業に携わりたいと考えて自ら手を挙げて社内異動したことです。次の時代はモバイルが中心になると考えていたのもあって、チャンスじゃないかと飛び込みました。

 

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岡田:その頃は私もちょうど AdWords の SMB(中小企業)担当部門に異動するタイミングで、菅野さんの動きはあまり把握できていませんでした。AdMob ということはいわゆる PMI の仕事ですよね。

菅野:そうです。AdMob は買収当初から Google のディスプレイ広告のビジネスと統合される想定でした。AdMob 事業に携わったのは約1年と短い期間ではあったのですが、ちょうど世の中にスマートフォンが普及しだすタイミングで、爆発的な成長の渦中に身を置くことができました。キャップが外れるというか、直線ではなく指数関数的というか、こんな成長の仕方もあり得るんだと。カオスでしたが良い経験だったと思っています。

岡田:プラットフォーム側にいないとなかなか経験できないことですよね。チャンスは掴もうとしないと掴めないですが、掴みたいと思っていても誰もが掴めるわけではない。たまたまその場所にいないと難しいですし、「自分はその場所にいるんだ」という認識をしていないとできない。だからそのアンテナと勇気を持っていた菅野さんはすごいと思う。

菅野:いえいえ、自分の実力云々ではなく、Google の当時の判断がすごかったということだと思います。日本のモバイルアプリ広告市場の黎明期にいられたのは、その後を考えても非常にラッキーでした。ですが、本当に短い期間でしたね。

岡田:尺としては短かったとしても、キャリアがガラッと変わるきっかけというのはあり得ますよね。菅野さんにとっては、AdMob がそうだったと。

菅野:はい。人との出会いも大きかったと思います。買収に伴って AdMob から Google に参画された方々からは、リソースが少ない中でもつべこべ言わずにやり切るというスタートアップならではのテンションの高さを感じました。Google は当時でもプラットフォームとしてずいぶん大きくなっていましたから、自分がいた場所と、彼らとの間にギャップを感じたのも事実です。僕自身がどちらのマインドセットで動ける人間になりたいかと考えてみると、AdMob 側でした。プラットフォームにいながらスタートアップマインドの方々と交わることができたのも、自分を知るために非常に良い機会だったと感じています。

岡田:すごく共感します。私もキャリアの転機はどこだと聞かれたら、Google じゃなくてその前にいた広告代理店ですもんね。在籍はたった3年半でしたが、その3年半でキャリアが1回終わったというぐらい働きました。

菅野:いらっしゃった頃はリスティング広告の黎明期でしたよね。

岡田:Google AdWords(現:Google 広告)の日本でのスタートは2002年ですが、それを知って SIer から代理店へ転職しました。当時の伝統的な大手広告代理店はリスティング広告は黒船だといって批判的な態度でしたから、私が入社したような新興企業が「これなら我々にも売れるぞ」と一気に盛り上がった。10人目くらいの規模で入社して、3年半後は5〜60人になっていました。売上も10倍くらいかな。同じくカオスでした。

菅野:すごいな。ザ・スタートアップですね。

岡田:急成長なんですが、ビジネスモデルは何も変えていないんですよね。もちろん成長に伴って組織は劇的に変わったけど、営業的には Google と Yahoo! を集中して扱っただけ。それくらいマーケットの需要が伸びていて、そこに適応できた会社が伸びた。私は結局 IPO までいったあとバーンアウト気味になってしまったので、当時の Google Japan の営業部門のトップだった佐藤康夫さん(現:アタラ合同会社 会長)に相談しにいって、そのまま Google に入社することになりました。

経験の深さは時間の長さに比例しないというか、わずか3年半という短い期間であっても、私にとってはキャリアの方向性、ベクトルがググッと変わった時期でした。菅野さんにとっての AdMob みたいなものです。

菅野:そうですね。尺の長短ではない、というのはすごく共感します。

AdMob の話をしますと、Google プロダクトとの統合によって、それまでの AdMob のシステムが閉じるのを機にチームは解散します。「それぞれ自分の好きなところへ行きなさい」というタイミングがありました。

岡田:その後は YouTube ですか?

菅野:いえ、一度営業チームに戻り、そこに半年くらいいました。僕の癖なのですが、いわゆる組織再編でポジションが変わると、自分で選び直したくなります。AdMob に手を挙げた際も、組織改編がひとつのきっかけでした。営業チームに異動したあとは次は動画だと考え、YouTube のマーケティング、それも BtoB をやりますと自分で手を挙げました。あまり褒められたことではないのかもしれませんが、エゴは強いほうなのかもしれません。

岡田:起業家ですからね(笑)。でもそんな印象を受けないのは、出し方がスマートなんだろうな。

菅野:いやー、どうかな。周りからどう見られているかはわかりません(笑)。

岡田:ちなみに YouTube の BtoB マーケティングチーム、具体的にはどのような仕事を担当していたんですか? 今ほど動画メディアが世の中に受け入れられているムードではなかったですよね。

菅野:はい、動画広告がまだそれほど広まっておらず、コンシューマーマーケティングでは「好きなことで、生きていく」のタグラインが大きく展開され始めた時期でした。広告主からすれば「YouTube は伸びているらしいけどまだ怪しいな」という存在でしたね。今では当たり前になった「TrueView 動画広告」もセールスレートが非常に低い状況だったので、代理店や広告主向けに動画広告の使い方をレクチャーするイベントやドキュメントの制作などに携わっていました。2012年から約2年ほどの期間です。

岡田:動画広告が盛り上がり始めた時期にも渦中にいたわけですね。Google での最後の仕事が YouTube で、その後はいよいよ FIVE の起業につながると。

 

スマートフォンアプリ向け動画広告で起業

菅野:FIVE はスマートフォンアプリ向けの動画広告プラットフォームを運営する会社として立ち上げました。AdMob でモバイルアドネットワーク、YouTube で動画広告を経験したあとなので、スマートフォンアプリ向けの動画広告のプラットフォームというのは自然な流れだったのかなと思います。

岡田:サービスでもツールでもなく、プラットフォームで起業してしまうのがさすがです。

菅野:FIVE は、現在の goooods と同じく単独ではなく共同での創業でした。実は立ち上げた当時、自分の中ではタイミングが遅いかもしれないと思っていました。さまざまなテクノロジーが出揃い、スタートアップも数あり、飽和しているのではないかと。今振り返るとそうでもないと思うんですけど。

YouTube の仕事をしていた頃に、モバイルとデスクトップでは視聴傾向が大きく異なることがわかっていました。動画広告の視聴完了率を比較すると、モバイルのほうがかなり低いにもかかわらず、トラフィックではモバイルがデスクトップを超え始めていた。モバイルは短いコミュニケーションのほうが良いにもかかわらず、動画広告のクリエイティブはデスクトップと同じ。ここにギャップがあるため、モバイルデバイスに合わせた動画広告の配信システムが必要になると考えたわけです。

そこで FIVE では、アプリ向けに SDK、アドサーバーを作り、5秒動画広告のクリエイティブからスタートして、セッションの短さに合わせました。今でこそショートフォームビデオと言われますが、広告のコミュニケーションもそうあるべきだというのが FIVE のコンセプトでした。このあたりの設計は、Google で経験したプロダクトマーケティングの視点が役に立ったと思います。

岡田:ギャップに対して、参加者の努力に委ねるのではなく仕組みでブリッジするという、今聞いても冴えたコンセプトですよね。当時、菅野さんから説明を受けた際に二つの意味で「何とも言えなかった」記憶があります。一つは、コンセプトもきれいで資金調達もしていてすばらしいと思いつつ、在庫はどうするのだろうと。在庫というか配信面の量と質をどう担保するのかというところですね。すでに YouTube がだいぶ強かった状況で、どのように出口をおさえていくのかわからなかったからです。

もう一つは、私は職業病ですぐに「運用」を考えてしまうので、5秒の動画ネットワークというレバーの少ないフォーマットをどう捉えたら「運用者」として「自分ごと」として扱えるだろうと考えていました。

菅野:前者はご存知のとおりパートナー戦略でした。後者は岡田さんならではの広告運用としての視点ですね。FIVE の戦略としては、Google が手を出しにくいところを狙うという考え方です。AdMob のターゲットはサードパーティーのアプリで、パブリッシャー向けに SDK を配るビジネスでした。ただ、当時の SDK でサポートしていた広告フォーマットはほとんどが静止画だった。

Google の立場になって考えてみると、動画フォーマットに対して投資をする対象は常に YouTube になります。つまり、サードパーティーアプリに動画広告を配信できる SDK が他にあるなら、Google は参入の優先順位を当面は上げないはずだと。

岡田:そうか、なるほど。強い外圧があるか、あるいは自身がマチュアにならないかぎり、カニバリゼーションを起こしかねない外側への拡大はしにくいはず。

菅野:そうなんです。YouTube がもっともっと成熟してこないと、外には出て行かないだろうという読みがありました。ディスプレイ広告の DFP(DoubleClick for Publisher 現:Google Ad Manager) でも動画をやろうとしていましたが、あくまでWebベースの SSP でした。それぞれ、ターゲットにしているデベロッパーが異なっていたんですよね。

一方で、ユーザーのモバイルアプリ利用時間はどんどん増えている。プラットフォームが提供するメガアプリに集約されてはいるけれど、伸びている独立系アプリも多数あって、彼らのマネタイズが必要な局面になってきていました。だからそこに対するソリューションに需要はあるはずだと。

岡田:なるほどなー。いやー面白い。その後 FIVE は縁あって LINEグループ傘下に入り、菅野さんは LINEグループでしばらく働くことになるわけですね。

菅野:2017年12月に LINE に買収され、私はその後の約3年間、2021年3月いっぱいまで LINE に所属していました。最初は完全子会社の別法人として運営され、次に FIVE の事業を LINE に統合するという流れでした。ある程度プロダクトが統合できたところで、組織も含めて法人を LINE に吸収合併させるという形で、ステップを踏んでいった3年間でしたね。

それを終えた後、もう一度起業するんだろうなという感覚は持っていました。LINE を退任させてもらった当時は30代中盤だったので、次は何にチャレンジするかを考えつつしばしの休息ということで半年ほど休み、2021年10月に goooods 株式会社を設立しています。

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なぜ卸売の DX なのか

岡田:ここからいよいよ goooods の話に入っていきます。陳腐な言い方になってしまいますが、goooods を一言で表すと「卸売のDX」、デジタルに置き換えて次の新しい仕入れの形を提示する役割ですよね。一方で、意地悪な表現をすれば、卸売のオンライン化であれば以前より行われているビジネスでもあり、プレイヤーもすでにたくさんいます。敢えてここにターゲットを定めた理由について改めて聞かせてください。

菅野:ミクロなきっかけと、マクロで感じたポテンシャルのふたつに整理できます。ミクロなきっかけについては、半年ほど休んでいる間に、妻がハーブティーのブランドを自分で立ち上げて、Shopify を使ってオンライン販売を始めました。規模としては決して大きくはないのですが、隣で見ていて「こういうビジネスは世界中で増えているんだろうな」と感じていました。自己表現としてのビジネスの側面もあり、時間の融通も利きやすい。いい感じに運営できるようになればいいなと応援しながらも、同時に何かこういう動きから事業アイデアはないかなとセンサーを働かせて休暇を過ごしていました。

岡田:起業家らしい休暇の過ごし方だ。

菅野:やっぱり自分の手触りあるところでビジネスをしたいと言いますか。私は「次はこれが来そうだから」といったきっかけよりも、自分の中から湧き出てくるモチベーションのほうを重視しています。その視点で見てみると、妻のハーブティーは当事者性がとても高いビジネスだと思いました。

しばらくすると、妻のブランド宛にたまたま卸売の問い合わせが来ました。その1回の受注金額が年商ほどになったんです。

岡田:すごい。

菅野:はい、これはすごいなと思い、卸売に初めて着目しました。妻のような規模の Shopify マーチャントは、グローバルで見ると100万、200万といるんですよね。toC はそれくらいの規模感でどんどん増えているけど、卸売のような toB の部分には課題があるのではないかと考えました。また、妻のビジネスの場合にはたまたま卸売の発注があったからその年は赤字にならずに済んだのですが、一方でそのような機会に恵まれるマーチャントはそう多くはないのではないかとも想像しました。

そこから、卸売市場がどうなっているのかという目線で考えはじめます。まず妻に起きたことを抽象化してみると、商談の発生から納品までのプロセスがデジタル化されていないことが気になりました。

岡田:電話、もしくはメール。

菅野:おっしゃるとおりです。妻の場合は、問い合わせから納品まで 3〜4カ月ほどかかりました。その間、口座の開設、卸先から求められる書式への対応、原価掛け率や送付先ごとの送料の交渉などのプロセスがあり、そのプロセスは卸先によってばらばらなのではないかと想像できました。toC は Shopify や BASE のような EC プラットフォームの普及でダイレクトに販売できるチャネルが整いつつありますが、toB では妻が経験したようなデジタル化されていない取引が残っているわけです。

サプライヤーがビジネスを軌道に乗せるために卸売で販路を広げていく場合、手段はおおよそ2種類に分けられます。ひとつは展示会に参加する、もうひとつは卸問屋や流通業者にマージンを支払って卸先を拡げていくという方法です。そして特に展示会においてですが、取引の相手となる目の前の人のことがよくわからないじゃないですか。だから口座開設のような手続きが必要になり、前払いや在庫の買取といった保守的な条件になりがちなのだと思います。

岡田:与信は基本的に性悪説で設計されますもんね。

菅野:つまるところ、取引が反復されないと信用が創造されない構造になっている。同時に、相対取引ごとにバラバラのプロトコルが複数発生していて、煩雑かつ積み上がりにくくなっている。この根本原因は売り手と買い手の間で起きる取引のデータが構造化されていないからじゃないかと考えました。この取引データを、卸売業界として蓄積していくことで生産性はかなり上がるのではないかというのがマクロに感じたポテンシャルです。

岡田:このお話は実は何度もお伺いしてるんですけど(笑)、毎回「なるほどな」と唸っちゃいます。

今お話された煩雑さはまさにこの瞬間もどこかで起こっているはずで、それに対して「うちの業界はオワコンじゃー」と嘆くか、「オルタナティブを作れないかな?」と思えるかの違いだなと感じました。そして、思うだけでなく goooods は実際に一歩を踏み出している。奥さまが実際に体験した N=1 の手触りと、マクロ環境の分析とで、感情と論理をしっかり言語化してビジネスの設計に落とし込まれているのが素晴らしいです。

菅野:ありがとうございます。ちなみに、卸売の市場規模は非常に大きいです。たとえば、経済産業省による「2020年 商業動態統計年報」によれば、アパレルなど繊維・繊維加工品卸の 2021年年間販売額が約4兆円、食品・飲料卸が約50兆円、「令和3年度 電子商取引に関する市場調査 [pdf]」によれば卸売 BtoB-EC市場規模は約100兆円となっています。このような規模感で、卸売を営む企業の平均就業人数が1事業者あたり10人程度。つまり巨大で分散している市場だと言えるため、ここに切り込むとビジネスになるのではないかと。

卸売は利益率が低く、株式市場においてもそれほど魅力的なセクターではないと思うのですが、かかわっている人数を考えると技術導入による産業的なインパクトも大きいのではないか。市場の大きさからくるさまざまな展開が想像できたのが市場からの視点です。

「令和3年度 電子商取引に関する市場調査」より抜粋

マーチャントセンターに学ぶ、卸売データ構造化の意味

岡田:「卸売は巨大で分散している市場」とありましたが、これはその先のリテール(小売)市場でも同じですよね。運用型広告で言えば、すべての業種の中でリテールが最も広告費が多く、最もクリック単価が低い業界だと言われています。小売はあらゆる商売の基本なので、広告でも規模はもっとも大きくなるけれど、構造的に利益率が低いのでクリックの単価も低くなる。

菅野:なるほど。

岡田:クリック単価が低い割に商品の点数が多く入れ替わりも激しいので、広告という視点で見ると手間がかかる割に儲からないのが小売という分野でした。運用型広告と相性はいいんだけど、とにかく運用が大変なのでなるべくなら避けたい。そういうカテゴリの筆頭が小売だった。

そこにブレイクスルーをもたらしたのが Google のマーチャントセンターです。クローリングしてデータを収集するという検索で成功したアプローチではなく、当事者からデータをアップロードしてもらうという方法に切り替えて、商品データの構造化を実現させた。構造化データはそのまま広告として活用できるので、運用が大変でみんな避けたかったリテールの広告は、商品データを整備していけばそのまま広告も自動化され、精度も上がっていくという構造に変わった。

 

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菅野:岡田さんは以前からショッピング広告に注目されてましたよね。

岡田:はい。Google も広告主も消費者も三方良しの設計だったので、マーチャントセンターを活用したショッピング広告(発表当初は「プロダクトリスティング広告」もしくは「PLA」)はローンチ後から爆発的に伸びました。これがアメリカで始まったのを目の当たりにしてとにかく興奮してしまって(笑)。

たとえば Instagram で表示されている服をタップしたら商品情報が表示される、みたいな仕様はもはや珍しくなくなりましたが、これは裏側で構造化されたデータのカタログがあるからこそ可能になっています。今では Google のマーチャントセンターのスキーマが Criteo をはじめほとんどのプロダクト広告のデファクトになっていますが、こうやって構造化されたデータが集約されることで二次的・三次的に活用が可能になっていくのは本当におもしろいです。

そして、これって小売だけじゃなくて卸売でも実は同じですよね。データの仕様を統一することで外側に拡張していくことができる。マーチャントセンターの toB 版が goooods であると言えるのかなと。

菅野:ありがとうございます。そうですよね、goooods を端的に説明するときは、「BtoB のマーケットプレイスをやってます」「ブランドとバイヤーをマッチングします」という感じで、わかりやすさを重視した表現になるのですが、実際の狙いは、toC の小売で起きたことを、toB の卸売に置き換えている側面が強いと思っています。

具体的には、「構造化された卸売可能な商品データベースを構築すること」と、「ブランドや商品の魅力を伝えるマーケティングメッセージを自然言語でのデータセットとして充実させる」ということを同時にやっています。toC では Google のショッピング広告をはじめさまざまなプラットフォームで商品データは構造化され、データフィードとしてそれぞれ API でつながることができています。でも toBではまだそれが起きていないので、トライする価値がある。

岡田:もう少しだけマーチャントセンターの話をすると、理想とは裏腹に、使いこなせているのは大手のモールか、メーカー・D2Cのいずれかなのが現状です。言い換えれば、商品情報を大量に保有しているか、自分たちで商品データを作り出せるか、そのどちらかのプレイヤーしかいない。 残りのほとんどのリテーラーあるいはデジタル化が遅れているメーカーはまだ参入できていない状態です。

この分断をよいしょと乗り越えない限り、リテーラーから一般消費者へのモノと情報の流通は豊かになりません。卸売業はマーケット全体のハブになる重要な役割を担っているにもかかわらず、その構造化に手をつけるプレイヤーが日本においては少なかったということなのかなと、お話を伺っていて思いました。

菅野:その視点で見るとすごくおもしろいしですし、すっきりと整理されますね。toC の環境が整備されてきたことで小売の民主化が進み、それが toB にも波及しているのが今だと思います。売り手・買い手ともに大手以外のプレイヤーが増えてきている一方で、toB の環境は構造化されていない。だからこそ売り手・買い手をどのようにデータベース化していくかが、私たちが取り組んでいる作業の本質でもあったりするのかなと思ってます。

岡田:goooods が卸売サービスとして機能すればするほど、構造化された商品情報をもとにバイヤーにアプローチするという流れを通じて、結果的にメーカーやブランドが自社の商品情報を整備せざるをえないという、フィードバック効果が働くようになる気がします。その積み重ねが卸売の価値向上につながっていく。そう考えると、goooods は流通の中で非常に重要な初期整理の部分を担いつつあるという言い方もできますよね。

Shopifyを利用した卸売と小売の接続

菅野:そうですよね。ここを乗り越えることができれば、卸売から小売への流れもきっとシームレスになっていくんでしょうね。

実はこの部分は少しづつトライを始めていまして、goooods では、Shopify 向けの仕入れアプリを2023年3月から提供しています。セレクトショップなどを運営していて仕入れをしたい事業者が、goooods に出品しているブランドやメーカーの商品情報や写真をそのままインポートできるというものです。

作業自体は 2クリックで終わるので、いわゆる「ささげ」作業にかかる手間が短縮されます。これはデータを構造化して API につなぐことで提供できる価値のひとつだと思います。

 

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岡田:実際に拝見しましたが、これは便利ですね。仕入れ側が構造化されているので 2クリックでインポートできるようになり、消費者に対してシームレスに展開できると。Shopify であればここから Google のマーチャントセンターへ直接 API でつなげて集客も自動化できますし。卸売という流通業が一足飛びにモダン化して、産業のハブへと発展しますね。

菅野:まだまだ多くのチャレンジがありますが、がんばって乗り越えていきたいです。

岡田:今日は起業のきっかけからキャリアの変遷、卸売業へのチャレンジと、いろいろとお話を聞けてよかったです。改めてお時間いただきありがとうございました!


インタビューを終えて

冒頭にも書きましたが、本件は事例記事向けのインタビューとして実施しました。ところが、久しぶりに二人で話してみると昔話に花が咲き、2010年前後の動画広告黎明期や、起業に至るまでのエピソード、狙い、商品データの構造化といった細かいけれど大きなテーマまで、幅広く語ることができて存外の収穫となりました。

これは事例記事だけではもったいないと、ご了承を得て事例とは別の記事として出させていただいた次第です。

私はいちおう菅野さんの Google 時代の SENPAI にあたるのですが、ふつうの感覚では、昔の SENPAI に対して仕事を出すというのはあまりないような気がします。気を遣いますからね。特に当時の私は今以上にエラそうな態度だったはずなので、そんな面倒な奴に仕事を依頼する菅野さんの懐の深さというか、連続起業家としてのフラットな振る舞いに襟を正されています。

このインタビューは、組織の中でどう生きるかという視点でも、起業するためのアンテナの貼り方としても、多くのヒントがあると書き起こしながら感じました。タイパが叫ばれる世の中に逆行する1万字超のロングインタビューになりましたが、そうする意味のある内容だと自負しています。少しでもご参考になれば幸いです!

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