以前から、Google ディスプレイネットワーク(以下:GDN)は提案しないことにしている。
弊社で運用している Google 広告アカウントを見ると、2021年を最後に恒常的な GDN のキャンペーンはなくなっていた。(短期的なものやお手伝いしている先方アカウントではあります)
実施して成果を実感できているアカウントに対してわざわざ止めるように諭すことはないものの、少なくとも自ら提案することはもはやなくなった。
「もう、しないほうがいいな」と思うからだ。
提案しない理由
なぜ GDN を忌避するのか。もちろん理由はいくつかある。
「やらない」というネガティブな行為?をわざわざ要素分解するのは気が乗らないが、がんばって分類すると以下のようになる。
1. 配信面の理由
- 広告枠が多すぎる
- 広告枠が邪魔すぎる
- 配信面の質が低すぎる
2. 運用的な理由
- 思うとおりに出せない
- 自動化が自由すぎる
- 費用のコントロールがむずかしい
3. 相対的な理由
- 他にもっと安くて質のよい配信先がたくさんある
- 他にもっとコントロールしやすい配信先がたくさんある
- Google 内にもっとよい別のキャンペーンがある
- そもそも Google がもはや力を入れていない
以下でそれぞれにかんたんな説明を加えてみたい。
1. 配信面の理由
出さない理由の最初は「配信面」だ。↑で書いた字面のままだけど、とにかく広告枠が多すぎる。
メディアの広告売上は単純な式で表すと「RPM × 表示回数」になる。とにかくたくさんの人に見てもらって、RPM を高めればよいのだ。そして RPM を上げるてっとり早い方法は1ページあたりの広告枠数を増やすことである。
だから、メディアというビジネスは常に広告枠の増加圧にさらされている。油断するとポコポコと広告枠が増えてしまう生きものなのだ。
その結果、みなさんもご存知のとおりそのへんのウェブサイトは広告枠であふれていて、もうこれ以上増やす場所がないというところまできている。画面上に所狭しと広告が並んでいて、記事や動画を見るのも一苦労だ。一言でいえば広告枠が邪魔すぎる。
全画面表示で「✕」を探すのに苦労したり、ちょうど親指が当たりそうな場所に枠が差し込まれていたりする。
Google をはじめとしたオークション型のディスプレイ広告は、乱暴にいえば pCTR(推定クリック率)が高い広告を「品質が高い」と判断する仕様なので、間違いだろうがうっかりだろうが、クリックしてくれれば広告として評価されやすい。
しかも昨今はサードパーティクッキーがどんどん無効化されていてターゲティングはほぼ類推だし、後述するように広告は他にいくらでもあるので、ディスプレイ広告の単価は下がりつづけている。メディア側も、単価が上がらない以上は pCTR に賭けるしかない。それしか eCPM を維持する方法がないのだ。
こうして記事を覆い隠すような広告がどんどん増えていく。こういう広告だらけのサイトは一般に MFA(Made for Advertising)と呼ばれ、広告を見せたりクリックさせることを究極の目的として存在しているので、記事自体の品質は低いことが多いし実際に低い。
そもそもクリックしたら別のサイトに飛ぶ広告のほうが自社の記事より面積が大きい時点で、その記事の質は推して知るべしである。
MFAについてはこのへんの記事でも書いています
広告主からしたら、自社の商品やサービスに関係がなく、間違いクリックによって品質が偽装された MFA サイトに広告が出るだけなので、配信面の質が低すぎるという判断になる。
今でもネット広告の現場では「リタゲやりましょう」は暗に「GDN のリマケやりましょう」を指していることも多い気がする。本当は必ずしもそんなことはないはずなのだが、歴史というか、習慣がそうさせるのだろう。
配信面の良し悪しは配信先レポートなどでドメインを見て、いちいち自分でアクセスして経験してみないと実感として分からないので、認識が広がりにくいという理由もあるかもしれない。
2. 運用的な理由
つづいて運用的な理由。これは GDN に限った話ではないが、思うとおりに出せないことが多い。
「それはお前の運用がヘタクソなだけだろう」と言われると黙ってトイレで泣くしかないのだが、でもやっぱり思うとおりに出ない。
「1.配信面」でも書いたとおり、GDN は配信面がほぼ無限にある一方で、メディア側で過剰にクリックされるようにハックされているので、品質が歪みやすい。なんでもないゲームサイトやゴシップサイトでコンスタントに 10% のクリック率が出るのであれば、それがまともな枠であるはずがないのだ。
GDN がかつて GCN(Google Content Network)と呼ばれていた頃、バナー広告の CTR は高くても 1% に満たなかった。0.3% とか 0.4% とか、そのあたりが相場だったように記憶している。
現在の CTR が「クリックさせるために振り切った過剰最適化のなれの果て」であれば、広告運用で狙ったとおりに出すのはむずかしいのではないだろうか。出したくないところに出やすい仕様なのだから。
それで、狙ったとおりに出せないのであれば、いっそマニュアル運用は諦めて Google の推奨する自動入札に任せればいいわけだが、上述のとおり品質評価が歪んでいることで本来よりも過剰にクリックが生まれるので、学習データを貪欲に求める機械学習のシステムによって常に予算アラートが出る問題児のようなキャンペーンに変化しやすい。GDN は特にこの傾向が強いように思える。
結果として日予算に対して配信が乱高下したり、説明できないような動きが増える。誤った品質によって自動化が自由すぎる動きをとり、費用のコントロールがむずかしくなるのである。
3. 相対的な理由
ここまでですでにおなかいっぱい状態だが、こんなに面倒な感じになってくると広告主が GDN を選択するメリットは残念ながらほとんどないように思えてしまう。
現代にはソーシャル・ネットワークのような配信面が比較的はっきりしているメディアや、クリック単価が高騰している Google よりも安価にトラフィックを獲得できるもっと安くて質のよい配信先がたくさんある。無理せずそっちを選べばいいのだ。
運用面でも、たとえば Meta(Instagram, Facebook)であれば広告セットレベルでの予算はかなり厳密に管理できる。Meta だってご存知のとおりいろいろと問題を抱えてはいるのだが、それでも「ゴメーン!ちょっとテンション上がっちゃって前日比で 300% 出しちゃったけど、30日平均だから月末に調整するネ!」みたいなふざけた動きをするヤツよりはマシだと思うのが人情であろう。
他にもっとコントロールしやすい配信先がたくさんあるのなら、わざわざ不確定要素の大きなキャンペーンを使う必要はない。しかも出先は MFA サイトなのだし。
ちなみに、仮に他のプラットフォームに求めなくても、Google 広告内にもっとよい別のキャンペーンもある。
たとえばデマンドジェネレーションキャンペーンは Gmail や YouTube、ディスカバリーといった Google プロパティにのみ広告が配信される。IDベースでユーザー行動を把握しているのでサードパーティネットワークの GDN よりもターゲティング精度が高く、異常なプレースメントに出ることもないので品質計算の精度も高い。コンバージョン設計がしっかりしていれば比較的安定しやすいキャンペーンだ。
そして何より、GDN 自体がそもそも Google がもはや力を入れていないという問題がある。力を入れていないので改善もあまり期待できないだろう。
↑この記事で触れているが、GDN は配信先のメディアに按分した広告費を支払う TAC(Traffic Acquisition Cost)があるので、Google からすると利益率が低い。YouTube みたいに自分の持ち物じゃないので、広告費用を分配する必要がある。仕入れみたいなものだ。
GDN はアドネットワークである以上 TAC は必要経費なのだが、検索や YouTube 、Gmail などの良質な自社プロパティと比較してしまうと、どうしても見劣りしてしまう。
実際、2023年のアルファベットの決算で Google の広告売上の内訳を見ていると、売上高に占める TAC の割合は徐々に下がっていることがわかる。
“The TAC rate decreased from 21.8% to 21.4% from 2022 to 2023 primarily due to a revenue mix shift from Google Network properties to Google Search & other properties.”
2022年から2023年にかけてのTAC率は21.8%から21.4%に減少したが、これは主にGoogleネットワークプロパティからGoogle検索その他のプロパティへと収益構成がシフトしたことによるものである。
https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1652044/000165204424000022/goog-20231231.htm
つまり GDN よりも自社のネットワーク経由の売上比率が高くなっているということだ。そのほうが利益率が上がる。であればウォールド・ガーデンに注力して、それ以外は適当に延命できればいいと考えるのが自然だ。
Googleにとっては、GDN は成長しないだけでなく、原価も管理費も高く、MFA のような問題も引き起こす面倒な過去の遺産なのかもしれない。
だから GDN は提案できない
ここまで、GDN を提案しない理由を書き出してきた。
GDN をメディア側から見ると「AdSense」あるいは「Google Ad Manager」という名前になる。2000年代はアドサーバーを用意できない数多のページビューをマネタイズする救世主として、ウェブ全体の発展に貢献してきた存在だ。
AdSense がなければブログの発展はもっと限定的だったかもしれないし、もしかしたらインターネットも別の進化をしていたかもしれない。
そういう偉大な存在だからこそ、残念だ。
Google は自社の開発リソースの多くを今や AI に費やしている。AI はジェネレーティブなものもあれば、これまでどおり予測モデルに使われて、洗練された広告配信に活かされていくだろう。
その発展の鍵を握るのはデータの精度と量である。だからこそ Google は自社が管理できるネットワークの比率を増やす取り組みを続け、動画の YouTube を筆頭に、Androidというスマートフォンの OS を押さえることでディスカバー面を開発したり、Gmail やイメージ・ショッピング広告など、ざまざまな自社プロパティの広告枠を開発してきた。
それらの自社ネットワークをフルに活かす P-MAX キャンペーン、あるいはデマンドジェネレーションキャンペーンをこれからの主力とするという方向性は、誰の目にも明らかだ。2024年5月21日に行われた #GML2024 でも、P-MAX の話題は豊富だった。
そして GDN の話は一つも出なかった。
以前のように GDN を提案することは、おそらくもうないだろう。
時代は変わってしまったし、広告費を前提にしたメディアビジネスは転換期を迎えている。そういう世界を望んでいたわけではないはずだが、もう仕方がないのだ。