世界の広告運用者は何をどう悩んでいるのか 〜State of PPC Global Report 2024 から読み解く

2024年4月に、PPCsurvey.com が 1,135 人の運用型広告の従事者や経営者に向けたサーベイの結果をレポートにした「State of PPC Global Report 2024」を公開している。

レポートはこちら (PDF)

残念ながらこの 1,135人の中に日本の企業や従事者は含まれていない(中国やロシアなども含まれていない)が、回答者は米国やラテンアメリカ、ヨーロッパ〜アフリカ、東南アジアまで幅広く世界のマーケットが網羅されているので、現在の広告運用者の意見を反映したレポートだと言って差し支えないと思う。

63ページにわたるこの資料は、貴重な洞察にあふれていて非常に面白い。英語だがグラフが多用されていて直感的に分かりやすいので、ぜひ日本の広告運用者や、代理店関係者のみなさんに読んでもらいたい。

が、広告運用はとりわけ忙しい仕事でもある。そんな時間がない!という人も多いだろう。

というわけで、この記事では忙しい広告運用者のためにレポートの中でポイントだと(筆者が)思う部分をピックアップしてご紹介する。

代理店運用とインハウスの性質の差

「代理店か、それともインハウスか」は広告運用でよく語られるトピックだが、ここではその是非ではなく、性質の差についての項目がある。

インハウスの4割は一人担当

上記の円グラフは、回答者が所属しているチームの分布をインハウス(右)と代理店(左)に分けて表したもの。

ほとんどのインハウスはかなり小規模で、一人チームが4割を超え、5名以上の広告運用チームはわずか1割にとどまっていることがわかる。

一方で代理店は、回答者の半分(51%)は6名以上で構成されているようだ。2人〜5人という回答も多く、小さな会社がたくさんあるのと同時に、小さなブティック型の専業代理店のほうが、こういったサーベイに参加する程度には積極的に情報収集しているとも言えるかもしれない。

それぞれの平均人数の差は、そのまま一人あたりが担当するアカウントの規模にもあらわれる。

データ不十分だった箇所は空白になってます

この表は、代理店(左)とインハウス(右)で、それぞれの平均メンバー数と一人あたりの平均月額費用を一覧にしたものだ。

広告運用という意味では似たような仕事でも、従事している状況は異なることが窺える。インハウスは多くの場合メンバーが少なく(一人の場合も多い)、結果として平均で取扱う広告費用が代理店と比べると大きくなりやすい傾向にあるようだ。

外注する場合の手数料率(一般的に媒体費の15%〜20%程度)と、内製化した際の人件費やその他販管費とを比較すると、広告費が多いほうが相対的にインハウス側にコストメリットが出やすいため、この結果は妥当で、日本でも似た傾向にあると思う。

なお、月額費用が少ないテーブル($15K – $50K など)の一人当たりの広告費用を仮に手数料率20%で割り戻したとすると、計算式は「$5,417 – ($5,417/1.2) = $902」となり、多くの先進国では人件費を賄うことができない。そのため、手数料以外での価格テーブルの設定や、制作などの複合的なサービスを提供しているものと想像できる。(ちなみに請求モデルの設問もあり、固定と料率のハイブリッド型を選択している代理店は多そう)

広告運用は在庫を意識しなくても済むという意味では比較的運営しやすいビジネスだが、労働集約ゆえに小規模案件では利益を出せる段階までいくのがむずかしい。このあたりの苦労は洋の東西を問わないのだなと思わされる。

自動化で楽にならずに大変になる

「2024年の最優先課題は何か?」という質問では、「AI & Automation(人工知能と自動化)」という回答が圧倒的だったらしい。

AIと自動化が最大の関心事項

それだけ聞くと「まあそうですよね〜」という感想しか出てこないが、それくらい世界の広告運用者にとっての共通の課題ということなのだと思う。

部分一致キーワードと自動入札の強制、自動アセットや自動プレースメントなど、自動化と AI は主に Google がここ数年強く推進してきたことと一致するが、昨今の生成 AI の爆発的な普及がその傾向に拍車をかけている。

現在では GoogleのP-Max、Metaの Advantage+、AmazonのPerformance+ やTikTokのSmart Performance など、どの広告プラットフォームにも AI によって自動化されたキャンペーンが存在している。

上掲のテーブルは、各項目が強く連関している。例えば「Campaign Performance(キャンペーンのパフォーマンス)」と「Personal Development(個人の成長)」は、代理店とインハウスどちらにとっても共通の課題で、新しいが扱いにくいAIのようなテクノロジーと対峙しながら、メンバーのトレーニングやスキルアップを早急に立ち上げなければならない。経営者はかなりのハードモードに直面していると言える。

ちなみに「2年前とくらべて広告運用はどう変わった?」という設問には、16%が「かんたんになった」と回答し、49%は「むずかしくなった」と回答しているようだ。それぞれの主要な理由を以下に示してみる。

以前に比べてかんたんだと思う理由

以前に比べてむずかしいと思う理由

ざっくりまとめると、かんたんになった理由は AI による自動化で、むずかしくなった理由も AI による自動化とコントロールの欠如だということになる。根っこはどちらも AI なのだ。

余談だが、ChatGPT をどのような業務に利用しているかという設問もあり、ここでは上位に「広告文の作成」「キーワードリサーチ」「Eメールの作成」などが挙がっていた。

いずれも自動化すれば相対的に重要性が下がる業務のように見える。(あるいは人間の創造性を発揮したい分野な気もする)

便利なのか不便なのかよくわからないが、少なくとも AI によって従事者の労務環境が大きく変わったことがこのグラフからも読み取れるのではないだろうか。

プラットフォームは信頼たりえるか?

インターネット広告は透明性の議論で揺れている。そこで広告プラットフォームに対する信頼度が1年前と比較して変化したかどうかを尋ねたところ、以下のような分布になったようだ。

ちなみに、ここでいう「信頼(Trust)」は以下のように定義したそうだ。(日本語は筆者の意訳)

By trust, we mean the trust that is earned by being as transparent as possible and keeping the users’ and advertisers’ best interests in mind.

信頼とは、可能な限り透明性を保ち、ユーザーと広告主の利益を最優先することで得られるものを意味する。

同レポート内 「7.1 Change in the level of trust in the ad platforms」より

プラットフォームへの信頼はこの1年で強いダメージを受けている。肯定的な感情が否定的なそれを上回っているのはもはや LinkedIn だけという有り様だ。

信頼性の悪化が著しいのは上から順に Google の 54%、Twitter(現 X)の51%、Meta の 42% と続く。この 3つに共通するのは、いずれもコントロールと自動化がトレードオフになっていることだという。ここでも AI が関係している。

他にも、昨今の話題である詐欺的な広告の瀰漫、MFA などの望ましくないコンテンツの問題、あるいはアダリティクスが暴いたような透明性の欠如なども信頼度の低下に影響していると思われる。

アダリティクス(Adalytics)についてはこちらの記事もご参考ください

トラッキングと意思決定にかかわる問題

透明性の欠如は、「プライバシー」と「トラッキング」の二律背反の問題でもあると思う。

3rd Party Cookie の廃止が目の前に迫っている(と言われている)2024年以降、トラッキングや分析はより複雑になっている。

Cookieによるデバイスを跨いだアトリビューション分析は、コンバージョンモデリングやマーケティングミックスモデリング(MMM)によって代替されていくはずだが、これらの手法は、透明性を重視したがゆえに不透明な方法を使わざるをえないという構造的な矛盾を抱えている。

上のグラフは「マルチチャネルにおける課題」をまとめたもので、やはりアトリビューションモデリングやファーストパーティデータの統合、集計レポートなどが上位を占めたようだ。

すでに数年前からプラットフォーム各社はデータとしてつながっていないが、サイロ化していく中で各社の異なる指標をどのように統合的に見ていくのか、あるいは根拠の乏しいデータからどうやって予算を配分していけばいいのかに頭を悩ませている様子がうかがえる。

大規模なキャンペーンであればあるほど高度な分析手法が求められるし、そうではない規模であれば「見えないものを見ていく」という高いレベルでの意思決定が求められていくだろう。

そう考えると、いずれの課題もヒューマンスキル、テクノロジー、そして洞察力や意思決定力が問われていくに違いない。

冒頭で書いたことの繰り返しになるが、このレポートは本当に面白いので時間があればぜひ眺めてほしい。どの立場であっても自分の悩みは自分ひとりの悩みではないということが分かるはずだ。