数年前に書店でふと目が合って手にとった、ちくま学芸文庫の『アイデンティティが人を殺す』、たいへんおもしろい本です。当時の記事でも「2019年で五指に入るだろう読書」だと書いてます。
本書が書かれたのはEU前夜の1998年なのですが、その頃に見えていた景色と、四半世紀近くが経とうとする2022年の現在に広がっている風景とを重ねてみると、なんというか、時間の重みを感じます。
そして、その重みによって論旨と現実との板挟みからはみ出した余白にちびちびと書き込みをしながら読み進められるのが、なんともおもしろい読書体験でした。
世界は統合から分断へと突き進んでいますが、分断を究極まで推し進めればそれはつまり個別化になります。アイデンティティが個別化の産物であるならば、分断は要するにアイディティティ確立の結果ということになる。本当にそうなのか。というか、それでいいのだろうか。
アイデンティティ(Identity)というのは万事そんな調子で、この単語に初めて触れた10代の頃からずっと何だかよくわからないままです。わからなさが続いたあと、いつしか「理解したことにする」ボックスに放り込まれたままになっていた過程は、ページを読みすすめる中でどんどん掘り起こされていきました。
四半世紀と言わず、これからも時の経過に耐えうるテキストだと思いますし、願わくば自分もそういった類の何かを書いてみたいものです。