Meta が広告の全自動化に向けて動きだした
少し前の記事だが、2025年6月3日に Meta が AI による広告の完全自動化を2025年内に開始するというニュースが報じられている。
この記事はとても短いが、なかなかパンチが効いた内容になっているので一部を抜粋してみたい。(黄色の強調は筆者による)
このAIツールは広告主が商品画像と予算額を提示すれば、メタのAIツールが画像と動画、文面を含めた広告を生成し、傘下のソーシャルメディア(SNS)のインスタグラム、フェイスブックの広告を投下する利用者を決定する。また、広告主がAIを活用して広告をそれぞれの個人に合わせられるようにする計画も立てている。
要するに、広告主は画像と予算を入力すれば、あとは Meta の AI がよしなにやってくれる広告がはじまるということのようだ。
「すごいぞメタ!」と叫びたいところだが、おそらく、この記事を「完全自動なんてヤバすぎる、、、」あるいは「なにー!もうそんなとこまで!?」という危機感をもって読んだ人は少ないはずだ。
AI による機能の代替・高度化・自動化は、ここ数年の広告業界にとって長く最大のトピックの一つだったので、こういう事態を想像していない人はあまりいないのではないだろうか。「来るべきものが来た」という受け止め方が多かったのではと想像している。
すでに色々と周知はされていた
しかも、このニュースは WSJ のスクープによって俄(にわか)に判明したわけではなく、ザッカーバーグは以前から同様の発言をあちこちでしていた。だからほとんど周知の事実みたいなものだった。
たとえば、2025年5月1日にジャーナリストのベン・トンプソンが運営するメディア STRATECHERY に掲載されたロングインタビューでは、ザッカーバーグが広告の完全自動化について言及している箇所がある。
ちなみにこのインタビューは広告以外のところもかなり面白いのでぜひお読みください
引用範囲がいささか長くなってしまうが、以下に主要な箇所を抜粋してみたい。(日本語は筆者による)
MZ: Improve recommendations, make it so that any business that basically wants to achieve some business outcome can just come to us, not have to produce any content, not have to know anything about their customers. Can just say, “Here’s the business outcome that I want, here’s what I’m willing to pay, I’m going to connect you to my bank account, I will pay you for as many business outcomes as you can achieve”. Right?
マーク・ザッカーバーグ:(Metaが)レコメンデーションを改善することによって、何かしらのビジネス成果を上げたいと考えている企業はすべて、コンテンツを制作する必要もなく、顧客について何も知ることもなく、ただ私たち(Meta)に来ればよくなります。「弊社が求めるビジネスの成果はこれだ、支払ってもいい金額はこれだけだ、会社の銀行口座に接続して、Meta が達成できるビジネス成果の数だけ支払おう」と言うだけで済むのです。そうでしょう?
And the more they produce, the better. Because then, you can test it, see what works. Well, what if you could just produce an infinite number?
(AI によってクリエイティブが自動生成できるという話を受けて)そして、生産量は多ければ多いほどいい。そうすればテストができるし、何がうまくいくかもわかる。では、無限に生産できるとしたらどうでしょう?
MZ: Yeah, or we just make it for them. I mean, obviously, it’ll always be the case that they can come with a suggestion or here’s the creative that they want, especially if they really want to dial it in. But in general, we’re going to get to a point where you’re a business, you come to us, you tell us what your objective is, you connect to your bank account, you don’t need any creative, you don’t need any targeting demographic, you don’t need any measurement, except to be able to read the results that we spit out. I think that’s going to be huge, I think it is a redefinition of the category of advertising.
マーク・ザッカーバーグ:ええ、もしくは Meta が広告主のために作ることもあります。もちろん、広告主が「こういうクリエイティブを出したい」と提示してくることもありますし、調整したい場合もあるでしょう。しかし、一般的には、私たちは、あなたが企業であれば、私たちのところに来て、目的を伝えて、銀行口座に接続して、クリエイティブもターゲティングも測定も必要なく、私たちが吐き出した結果を読み取れば済むというところまで到達しようとしています。これは非常に大きなことであり、広告というカテゴリーの再定義になると思います。
これらのザッカーバーグの発言と、冒頭のニュースは内容がほぼ同じになっている。
広告にはもう、代理店も、クリエイターも、アドテクエンジニアも、オペレーターも不要だと、Meta は本気で考えているフシがある。現実には従事者がいない産業は成立しないので(それは産業ではなく環境だ)人間が不要だというのは極端だとしても、「いなくても回る」あるいは「いないほうが成果が出る」という状況をつくろうとしているのは間違いないだろう。
Google の LLM エージェント と トークンオークション
もう一方の巨人である Google も似たようなものである。
P-Max はすでに完全自動の一歩手前の段階まで来ているが、所有しているプロパティが多様なぶん、Meta と同じ道を歩むにはもう何段階か必要なように見える。(そもそも検索と動画はユーザーからしたら目的も状況もまったく別物だから、1つのキャンペーンで済ますのはムズいチャレンジのはずだ)
ただ、それでも段階的に面白いチャレンジは続けている。少し前の記事になるが、2025年2月13日、複数の LLM がエージェントとして広告テキストを協力して作成していくモデルを発表している。
レポートは長く専門用語が多いので、ざっくりと論旨をまとめると以下のようになる。
複数の「自己の利益を追求する」LLM エージェントが共同でテキストを生成するケースを想定。
例:「ハワイ旅行」で検索された広告枠を、Alpha Airlines(航空)と Beta Resort(ホテル)が共同で使用する想定など
あるいは、複数ブランドがコラボしたプロジェクトにおいて、それぞれの利害関係者が意見をまとめて一つの出力を生成する必要がある場合なども想定される。この場合、各者は「自己の利益を追求する」ように動くので、異なる利害関係にある。この利害関係のバランスを調整しつつ、最終的な出力の最適化(最大化)をする仕組みを構築することが求められる。
それぞれの自己の利益を(広告の)文字列として単位にしたものを「トークン」と定義する
トークン = 単語や句読点などテキストの最小単位となり、LLMは、次に来るトークンの確率分布を返す。そして各エージェントが特定のトークンの出現を狙って入札する。これを「トークンオークションモデル」とする。
入札された複数のトークン確率分布を集約して、採用するトークンを決定していく。入札の状況と実際の出力(広告文)に応じて各エージェントは支払うことになる。
各トークンの入札対して支払う金額は、いわゆるセカンドプライスオークション(最高入札者の次点の入札状況に応じて支払う)によって決定する。ファーストプライスではなくセカンドプライスにすることで、トークン入札の適切なインセンティブが保持される。
トークン(文字列)を入札単位とすることで、たとえば以下のような広告が生成可能になる。
例:「ハワイ旅行」の検索で現れる SERP の広告枠を、Alpha Airlines(航空)と Beta Resort(ホテル)が共同で使用する場合↓
“Alpha Airlines flies you to Hawaii where you can enjoy a magic weeklong experience at Beta Resort.(アルファ航空でハワイへひとっ飛び。ベータ・リゾートでの素晴らしい1週間があなたを待っています。)”
このように、2つの利害関係者の主張をまとめて1つの広告文にすることができる。

書いていて自分でも何が何だかわからなくなってきているが、オークションモデルを用いて広告文を動的に作成するのは、実際の運用の場でも相性が良さそうだということはなんとなくわかる。
すでに運用型広告のあらゆる要素が動的になっているが、広告(クリエイティブ)は今でも唯一といっていい静的な設定が可能な要素になっている。Google でいえば拡張テキスト広告がなくなって久しいが、現在主流のレスポンシブ広告もたくさんのアセットが入れられて理論上は数万パターンの広告文が作成されるとはいえ、実際にまとまった数で表示される表現のパターンは(1広告グループあたり)多くても数十にとどまる。
ユーザーのニーズは常に揺れ動いている以上、本来もっとも動的でありたいと望むのは広告クリエイティブのはずだ。トークンオークションモデルは、広告を文字列(トークン)単位で入札し、さらにセカンドプライスにして健全性を保つことによって、「広告文という一連なりの値」を常にゆらぎをもった動的な存在として扱うことができる。
おそらくだが、そのゆらぎの確率が、自動入札によるコンバージョン性向の予測と掛け合わさって精度を増していくことになるのだろう。これが強力じゃないわけがない。
「2スロットのオークション」という布石
ここからは単なる想像になるが、上記の例では「1つの広告枠において、2つ以上の広告主が協業して1つの広告文を出す(A航空とBリゾートが協力して広告を出す)」という、実際にはあまり多くはなさそうな例だった。ただ、現実のオークションではもっと別のパターンが存在する。
それは「2つの広告枠において、1つの広告主が別々の広告文を出す」というものだ。このパターンは実はすでに稼働している。Google は 2024年から検索結果の上部と下部で広告のオークションを分けているので、いわゆるダブル・サービングがすでに日常茶飯事になっているのだ。
ユーザーが Google で検索を行うと、広告掲載位置ごとに異なるオークションが実施されます。たとえば上部広告は、他の広告掲載位置に表示される広告とは異なる広告オークションによって選択されます。広告は 1 つの広告掲載位置につき 1 回のみ表示されますが、複数の広告掲載位置に重複して表示されることもあります。
黄色は筆者による
1つの広告主が同一クエリによる検索結果で2つのスロットに出せるなら、どちらか(あるいは両方)の広告文は自社アカウント内で協力が可能なはずだ。同じ広告アカウントからの配信なので利害の不一致もない。
すでに AI Max for Search キャンペーンには「アセット最適化」機能があり、テキストカスタマイズ(旧「自動作成アセット」)でランディングページ、広告、キーワードに基づいたテキストがレコメンドされる仕様になっている。
これは現時点では単一の広告についての機能にとどまるが、仮に完全自動のキャンペーンがあれば、おそらく広告ごとのコラボレーションも無理なく実装が可能だろう。上部スロットでクリックされなくても、下部スロットで上部のテキストを加味したものを動的に出す、ということもトークンオークションにおいては極めて自然な動きになる。
LLM がエージェントになったとして
いろいろ書いていたらクラクラしてきてしまった。自動化の話はこれくらいにしておいて、最後に話を自分たちに少しだけ戻して終わりにします。
仮に完全自動化がかなり近い将来に実現したとして、広告運用という仕事はどうなっていくのだろうか。
これは月並みというか身も蓋もない書き方になってしまうが、人によって意見が異なるはずだ。その人が何を望むのか、どんな立場を代表するのかによって見える景色は変わる。Google や Meta はおそらく「運用者なんていなくても構わない」という立場だろうし、広告主にとっては「だからこそ必要」と「それなら不要」が混在し、置かれている状況によってどちら寄りの態度になるかも左右されるだろう。ゆえに方向性の共有はあっても、個社ごとに適切なふるまいは異なるはず。単一の解答はない。
とはいえ正答のない問いを続けていくのはストレスなので、何か指針になるものがほしいと考えたときに、コリイ・ドクトロウの「With Great Power Came No Responsibility」という記事を思い出したので唐突だが引用しておきたい。
同記事には以下のような一説がある。(翻訳は p2ptk.org さんのものを使わせていただきます!)
アーシュラ・フランクリンは、テクノロジーの結果は最初から決まっているわけではなく、意図的な選択の結果だと説いた。この考え方に深く共感する。これはテクノロジーについて考える非常にSF的なアプローチだ。優れたSFは単にテクノロジーが「何をするか」だけでなく、「誰のためにそれをするか」、そして「誰に対してそれをするか」について思考を促す。 これらの社会的要因は、単なるガジェットの技術仕様よりもはるかに重要である。それは、車線からはみ出しそうになったときに警告するシステムと、そのはみ出しそうになった事実を保険会社に通報して月額保険料に10ドル上乗せするシステムの違いだ。
後半の比喩にならうと、広告の分野では「車線からはみ出しそうになったときに警告するシステム」と「はみ出しそうになった事実を保険会社に通報して月額保険料に10ドル上乗せするシステム」が無理なく一社提供されている状態である。
ドクトロウが示唆するように、これらは「誰のためにする」システムなのかによって天国にも地獄にもなりうる。メガプラットフォームは等しく「広告主のため」だと言い(実際にザッカーバーグはそう言っている)、実際にそれに特化した企業活動を展開しているが、それは「すべての広告主は(ウェブ上で追跡可能な)自社のコンバージョンという単一指標を欲している」という前提によって機能化されている。
おそらくだが、多くのエージェント(この場合は LLM ではなく人間)に求められることの一つに、この単一指標の個別化が挙げられるのではないだろうか。画面上の「1」という数字は「1」でしかないが、それは確かに人間の営みの結果であり、企業によってもユーザーにとっても一つひとつ別々の意味があるからだ。その意味の解釈によって、プロンプトも、元データも、日々の意思決定も、そしてエージェントの必要性も変わっていくはず。
弊社も多くのエージェントのうちの一つなので、残念ながらこうした問いからは逃れられない。繰り返しになるが単一の解答があるわけではないので、自分たちなりの回答を用意して、更新していくしかないのだろう。大変ですけどがんばりましょうね。